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第2話
α、β、Ωが存在するバース性の世の中。容姿、能力、財政、すべてにおいて恵まれるαと、男女関係なく妊娠し、繁殖力に特化したΩ。少子化で生き残りをかけた人類に、突如オメガ性が発現し、時代にあわせて進化したと言うけれども。もともとは違うバース性があったとか、なかったとか。巷に流れる噂の真偽はさておき、現在は男女とも子を産めるオメガバースが定着した。
αが頂点に立つ一方で、Ωには発情期があり、繁殖以外は脳なしだと見下される。そんな現代のヒエラルキーとは無関係に、普通の男女として生きられる性がβだ。人口の約七十%を占めるβは、昔ながらの一般的な存在で、容姿も能力も経済も平凡な人が多い。晴也も例にもれず、なんだろう。
「今日は朝方冷えたでしょ? 晴也さん、鼻が赤くなってる」
秀一の前のカウンターに迷わず座った晴也に、優しいトーンで話しかける。小さい鼻をすんとすすった晴也に笑いかけ、秀一は淹れたてのコーヒーとモーニングセットを出した。まだメニューを聞いていないが、晴也はこのメニューが定番だ。
秀一の問いかけに、ちらりと目を向けて、声を発さず無言でこくんとする。晴也は文句も言わず、カウンターに出されたモーニングセットをむしゃむしゃと頬張っていった。
秀一だけでなく他のスタッフにも、顔とメニューを覚えられるほどの常連ぶりだ。しかしβにしては警戒心が強いのか、晴也は店員たちと馴染もうとしなかった。Ωなら、αのフェロモンを警戒することはよくある。しかしβでこれほど警戒されるのは珍しい。
少しテンポも遅いのか、たまに何に対して頷いてくれているのか謎なときもあった。実は、そんなところも可愛かったりする。
コミュ力ゼロな晴也の接し方に最初は戸惑ったものの、じわじわ距離を詰めて話しかけるうち、『こくん』の頷き加減が少しずつ大振りになっていることに気づいた。
なんだか人間を警戒した、子犬の尻尾のふりふり度合いを想像してしまう。そんなこんなで、今では警戒がとれた晴也の懐き度数を見るのも、日々の楽しみであり癒しだった。
店内の緩やかなBGMを聴き、ときおりこうして訪れる、二人きりの時間を満喫できるのも心地よい。店自慢のトッピングのサラダを食べ、こんがり焼いたトーストをサクサクと音を立てて、食べてくれる。すると晴也は無表情に近い頬を緩ませ、秀一が淹れたコーヒーを手に取った。
白い両手でカップを持って、ふぅふぅと熱をとる。猫舌なのか、少しずつ舐める仕草は猫のようだ。つまり、小動物系か。
「……おいしい」
「そりゃあ良かった。晴也さんに褒められたら、今日一日が全部うまくいく気がするなぁ」
ぼそりと呟かれた、ひとりごとに近い晴也の落ちた声を秀一がすくい上げる。にまにまと口元を緩め、カウンターに頬杖をつけば、上目になった視線とばっちりと目があった。晴也の白い頬が瞬く間に上気する。ああもうマジで可愛いと思うだろう。晴也に関してだけは、秀一は自分の容姿も武器にするのだ。
「今日も仕事だろ? ついでに、晴也さんの好物のスープもつけてやるな。頑張る晴也さんに、俺からのサービスってことで」
「ほんとに?」
「ああ。みんなには内緒だぞ」
「うん」
秀一の言葉一つ一つに晴也が目をぱちぱちさせる。よほど嬉しかったのだろうか。最後の頷き度合いは、過去で一、二を争うほど大きな振り子になった。
「ぶはっ、くくく」
もうすぐ首がはずれそうだ。可愛すぎてつい噴き出せば、晴也は首をこてんと傾げる。平々凡々、無表情、コミュ力ゼロ。根暗オタクっぽいイメージの晴也だが、根はとても素直なんだろうな、と秀一は広い肩を震わせた。これで三つも上とか。信じられるか。
「あのさぁ。晴也さんって、ほんとに二十八なの?」
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