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第3話
ほころんだ口元が、問いかけたとたん不機嫌に膨れた。どうやら童顔なのを気にしているようで、年齢を言われるのは好きではないらしい。けれど、秀一お手製のスープを出せば、晴也の機嫌はすっかりと良くなった。ほんとに可愛い生き物である。
いつもより遅い時間帯だ。チェック柄のシャツの上から大きめのトレーナーで、ラフな格好をした晴也は仕事が休みなんだろう。警戒心が強く人見知りだが、秀一を見つけると、迷わずカウンターにやってきた。
忙しいランチタイムとはいえ、席は他にも空いている。それに、店員がうろうろするカウンターは不人気だ。にもかかわらず、秀一を見かけたから目の前に座るなんて。懐かない子犬が心を許してくれた気分になる。まぁ、秀一がそう仕向けたのだが。
「晴也さん、いらっしゃーい! 今日のおすすめランチはジャーマンポテト定食だけど。何がいい?」
目の前に来た晴也にメニューを差し出し、そそくさと座った様子にテンションが上がる。客足が多くなった店では数名のスタッフが走り回る。けれど晴也のオーダーは、同僚でも譲れないのだ。
某俳優に似ているという、抑揚のある安定したトーンに張りを加えて、にこやかに声をかける。受け取ったメニューを、絶対見てないだろ、の速さでぱらぱら流し見し、晴也が顔を上げた。
「日高さんのおすすめで」
「りょーかい」
秀一のほうが年下だし、フレンドリーになりたいから名前呼びでいいと言ったけれど。晴也は相変わらず秀一を名字で呼ぶ。それを少々寂しく思いながら、秀一はオーダーを通した。
料理待ちの間も客足は止まらない。秀一も他のスタッフも、オーダーや片付けに追われまくる。がやがや騒がしいなかで、カウンターから出てテーブル席に向かう。すると背を向けたほうから怒鳴り声が響いた。
「てめぇ! クソビッチが! オメガだからって誰かれ構わずケツ振りやがってよ!」
突然始まった物騒な怒声に店内は一気に騒然だ。慌ただしいけれど、穏やかだったはずの店内が急激に冷たくなった。秀一もはっと声に目をやる。
カウンターに座る、男性二人組の痴話げんかだ。ぼそぼそしゃべってはいたが、さっきはそれほど剣呑な雰囲気ではなかったのに。よりにもよって晴也の隣か。
晴也は動揺し、身を縮こませていた。完全に固まっている。激昂した大柄な男が、コーヒーカップを投げ捨てるように叩き割った。やばい。晴也に飛んでしまう。
「わっ……!」
予想どおり、ぶちまけられた熱いコーヒーが一瞬で飛び散った。目を見開いた晴也の顔から上半身を濡らしていく。静まり返る空間に、晴也の小さな悲鳴が聞こえ、秀一は急いでカウンターに走った。コーヒーを頭からかけられただけでなく、割れたカップで怪我でもしたら最悪だ。
カップを投げた男は怒りが収まらないのか、Ωだろう小柄な青年を締め上げていく。男の怒りに伴い、α特有の威圧フェロモンが店内を充満した。まるで、一発で仕留められる銃口を、こめかみに突き立てられたように殺気立つ。男が次の一声を打って出れば、ここにいるΩはひとたまりもないだろう。
「や、う、ぅ……っ」
「お客様!」
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