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第54話

「慶兄……。もういいだろ。いちいち蒸し返すなよな。全部終わったんだから」  正式に婚約破棄が決まった連絡なんだから、用件だけとっとと伝えて、いらない詮索はやめてほしい。  電話に応答する秀一が頭を抱えたとき、慶光の、ゆるやかな笑い声が聞こえた。 『いや。俺も知っておきたいと思って』 「なんでだよ」 『俺に譲れ』 「は?」  何を譲れと言われたのだ。慶光にあげるものはひとつもないが。さっぱりわからんと、秀一が片眉を跳ね上げる。すると電話の向こうから、とんでもない発言が飛んできた。 『お前の運命を』 「はぁ!?」  秀一の運命なら瑞希しかない。まさか慶光が、瑞希を……。いやあり得ない、何を馬鹿なこと。  一瞬だけよぎった考えに頭を振って、信じられない疑惑を払拭しようとする。しかし追い打ちをかけるように、慶光の発言が、すぐさま秀一に伸しかかった。 『お前が捨てた運命を、俺がもらい受けてやるんだ。感謝しろ』 「ちょっと黙ってて。瑞希くんはモノじゃないんだけど? そんなの、できるわけないだろっ」 『なんだ、手放すとなったら惜しくなったか?』  だから、そういう問題ではない。しかし慶光は意外と本気なよう。なにせ、瑞希の華やかな見た目も、まっすぐな性格も、一途なところも。  秀一に冷たくされても食らいつく根性も、何もかもが好みという。 『α一家の泥水に咲く大輪の蓮みたいだ。俺がもらうぞ』 「……無理強いはするな」 『どうかな』 「慶兄!」  秀一の怒鳴り声に、慶光は面白そうに喉を揺らして一方的に通話を切った。秀一の隣に座る晴也が、首を傾げる。 「どうしたの?」 「あー……。何でもないよ」  慶光は少々強引なところもあるが、外道ではない。はず。しかし秀一も含め、αの独占欲と執着は並々ならぬものがあった。いざとなったら秀一が目を光らせて、悪行を阻止してやる。  意志を固めた秀一は、困惑する晴也の額をちゅっと吸った。 「それより、家族さんの許可はもらえた?」 「あ……、うん」  晴也が照れ照れと頬を染める。晴也いわく、『秀一と真剣なお付き合い』をはじめて、晴也は家族に、秀一との関係を明かしたらしい。  世の中のトップを誇る、日高の三男と付き合うなんて身の程が違い過ぎると、そういわれ、お付き合いを反対されていたのだが。  普段は従順で大人しい晴也が説得を続け、ようやく認めてくれたという。善は急げだ。来週から、晴也は秀一と同居する。  旅館の事業も少しずつだが好転傾向にある。晴也が傍にいてくれたら、もっとうまく進む気がした。  運気が上昇する中で、ただ一つ、癪に障ることと言えば。秀一が働く喫茶店へ、晴也のほかに晃司も顔をみせることだ。  人見知りの晴也はどことなく明るくなって、笑顔が増えた。表情も柔らかくなった気がする。それはいいこと……、なのだが。  晃司とずいぶん打ち解けたようで、茶飲み友達ならぬコーヒー友達になっている。おかげで秀一は、晃司のいらぬ情報まで耳に入る。不本意だが。  だが晃司は、秀一がいるときしか晴也と接触を持たない。晃司なりの気遣いもあるのだろう。だから秀一も、晴也の刻印者が傍にいても見過ごしている。  それに最近、晃司は同僚のゆうとも仲がいい。  αだの、Ωだの。勝手に運命が決まるバース性の今の世の中。くだらない日々に嫌気がさす人生。それがずっと続くと、思っていたけれど。  秀一にとって、定められた運命は、自らの力で打ち砕くためにあったのだ。運命に打ち勝って、自分だけの人生を己の手で切り開く。好きな人とともに。  そんな世の中も、捨てたものではないのだろう。今ならばそう感じられる。秀一は、隣に座る晴也へ晴れやかな笑みを見せた。  晴也も秀一に照れっと笑い返す。寒い時期を終え、満開の花がひらくように。 「末永く、よろしくお願いします。晴也さん」 「うん。俺も。しゅ、しゅっ……しゅぅいちさん」  +++END+++

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