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第53話
「目が覚めた?」
「ひ、だか、さん……」
「うん」
たらこみたいに赤く腫れた目をしゅぱしゅぱと開け、晴也はそろりと起き上がった。隣で一緒に身を起こした秀一を恐るおそる覗いてくる。晴也の手が、シーツをぎゅっと握り締めた。
「日高さんは、Ωの人と、け、結婚……」
「しない」
秀一が即答すると、晴也の細い肩がびくりと揺れた。握り締めた晴也の手を秀一が包む。晴也は噛み締めた唇を大きく開き、喘ぐように息を吸った。
「う、うそ。ほんとに……?」
「しませんって」
泣きそうな声を出した晴也の背中をぽんとさする。秀一は安心させるように、順をおってゆっくりと伝えていった。
瑞希の縁談をどうしても断れなかったこと。瑞希自身のこと。そして晃司に対する思いも。何より、晴也を傷つけたくなかったこと。
「周りをさんざん掻き乱して、勝手だって、思われるかもしれないけど。みんなのためにも、俺は晴也さんと、ずっと一緒に幸せでいたい。父さんから譲り受けた旅館も、もっと大きくさせてさ。潰されないように成功させてやるから。だから、晴也さん。俺を信じて、ついてきてくれますか」
全部話し終えると、晴也はまた鼻水をすすって泣いていた。秀一の話に何度もうなずく。一度離れた晴也の身体が勢いよく秀一にしがみついた。
「お、俺、やだ……」
「え?」
「俺、ついてくだけじゃやだ。おっ、俺、頼りないし、なんの力もないけど、でも、俺も日高さんを支えたい……。日高さんが困ったときは、話を聞いて、い、一緒に悩んで、一緒に乗り越えて、いきたい……。だから、ひ、日高さんの、隣にいたい……お、俺」
贅沢で、わがまま言ってごめんなさいと、晴也が耳元でささやいた。晴也は、秀一といると、どんどん欲張りになっていくのかもしれない。
人としゃべるのが苦手で、おどおどして、周りからはいつも根暗だって言われていた。隠れバース保持者だったから、秘密がばれないように誰かと深くかかわるのも怖かった。
だけど、そんな晴也のなかに秀一はぐいぐい入ってきて。でも不快ではなくて、むしろくすぐったくて嬉しかった。
温かいコーヒーと一緒に、警戒心が強い晴也の心まで秀一は温めてくれたのだ。いつの間にか、秀一に会いに行くために喫茶店に通っていた。
臆病な晴也を大事にして、いつも好きだって言ってくれる。家族以外に打ち解けられない晴也の心を、ずっと支えてくれたのだ。そんな秀一を、晴也は。
「お、俺……日高さんと、ずっといたい。運命よりも、日高さんがいい。好き、だから。日高さんが好きだから」
晴也が必死に伝えてくれる気持ちに、秀一はふっと頬を緩めた。晴也は口下手だけど、かわりに行動が素直だ。
晃司とはできなくても、秀一のことは初めから受け入れた。つまりはそういうことなのだ。秀一にきゅっと抱きついてくる晴也の頬に、優しく唇を寄せた。
「知ってたよ。晴也さんが、俺を好きだってことは。運命じゃなくても、ずっと俺たち、運命みたいに恋人でいよう。これからもさ、一緒にいよう」
運命のように強烈に惹かれあわなくてもいい。常識外れのαとβでも、刻印者でもなくてもいい。世の中が決めた恋じゃなくても構わない。
絶対的な繋がりがなくても互いが求める恋をして、たまにはこうして不安になったり、自信がなくなったりもする。
けれど、トラブルが多ければ、そのぶん秀一も晴也も強くなって乗り越えるから。二人で一緒にいれば、好きになってよかったと思えるから。
痛いほど抱きしめてくる晴也を、秀一は力強く抱き寄せた。
『――で? どうやって説得したんだ。顔合わせのときは、あれだけお前しか眼中になかったってのに』
雨降って、地固まるだ。晴也と絆を深め合ってから二週間ほど過ぎた頃。秀一の携帯に、兄の慶光から連絡があった。
瑞希が……婚約破棄を申し出た。運命だと思ったけれど、もう一度再会したらやはり違っていたと、言ったそう。
『実際どうなんだ? 運命の番は本当だったんだろ。お前が、βを選んだから身を引いた、そんなところか』
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