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第52話

 ついさっきの攻撃的な物言いとは違う。力がない晃司の呟きに秀一の手が止まった。振り返れば、精悍な顔は寂し気に笑っていた。 「俺は晴也を傷つけたいんじゃない。守って、幸せにしてぇんだよ」  もしも刻まれた相手と出会えたら、大切にしたかった。なのに、見るからに怯えられたら。力ずくで手に入れるなんてできなかった。  それを聞いた秀一は目を見張った。晃司が、晴也に触れた事実は、殴り飛ばしたいほど腹が立つ。数秒前まで怒りと焦燥に駆られた。  けれど晃司が発した台詞は、地に落ちた秀一の心をひと息に浮上させた。  晴也は一度も、秀一を相手に怖がったことなんてない。秀一が触れればいつも快楽に従順で、晴也から秀一を欲しがってくれる。  強引に迫った初めてのときだって、戸惑いこそすれ怯えてはいなかった。それなのに、刻印者の晃司には違ったのか。晴也が心を許した相手は、秀一だけだ。  晴也の反応を知れて、気が緩んだらしい。秀一の目の前で晃司が嫌そうに顔を歪めた。 「てめぇ……にやけてんじゃねぇよ。いいか俺はな。晴也を悲しませたくないだけで、お前がこいつを傷つけんなら、いつだって奪い取ってやるかんな。覚悟しとけ」  捨て台詞ともとれる晃司の言葉に、秀一は自身満々に口を開いた。 「俺と晴也さんは、運命でも入りこめないくらい幸せになってやるから。そんな心配は、してもらわなくて結構だよ」 「はっ、とことん生意気だな。てめぇ。俺より年下のくせによ。その言葉忘れんなよ」  晃司はどこか吹っ切れたように声を出すと、身なりを整えて、部屋から姿を消した。秀一は寂しそうな背中を見送り、毛布に丸まる晴也を見つめなおす。  亀みたいに頭まで隠す晴也に、覆いかぶさった。 「晴也さん。帰ろう、俺んとこに。俺の…婚約なんだけど……、いずれ、破棄するつもりだったんだ。帰ったらちゃんと説明するから、俺の話を聞いてくれる?」  晴也の頭付近に唇を寄せて呟く。毛布の中から、返事をするようにずずっと鼻をすする音がした。秀一が話しかけたら、晴也の頭が少しずつ見えてきた。  徐々に出てくる、晴也の髪をそっと撫でる。現れた晴也の目は閉じられていて、秀一は赤い目もとをちゅっと吸った。  刻印より、晴也の幸せを優先した晃司のため。運命にすがった、瑞希のためにも。もう晴也を運命やΩのことで悲しませない。  秀一の口づけを受け入れて、毛布の端をゆるめた晴也に、秀一は身体を重ねていく。今度は二人一緒に、毛布の下で身を寄せた。 ***  見つめる先で晴也が小さく身じろぎする。晃司に触れられたところを、ひとつずつ念入りに上書きしたから、ホテルで無茶をさせ過ぎたかも。  脱力した晴也を秀一のマンションに連れ帰り、ひと眠りしたあと、晴也の腫れぼったい瞼が気怠そうに持ち上がった。

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