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智颯編:智颯の憂鬱④
結局、智颯が呪法解析部に顔を出せたのは、保輔とのコトがあってから数日後だった。学校が忙しかったり、保輔と担任の繋ぎの連絡をしたりと、一応それっぽい理由はあるのだが。円の顔が見ずらい、というのが一番の理由で、足が遠のいていた。
(これ以上、避けるのは不自然だ。どんどん円と話しにくくなるだけだ)
智颯は意を決して呪法解析部に向かった。
分厚い三重の扉を潜って、霊力認知をパスして中に入る。
いつものシートに円の姿がない。
(あそこに座ってないなんて、珍しい。どこかに行ってるのかな。もっと珍しい)
部屋の中を探す。
キッチンのシンクにコップが二つ、置かれていた。
中途半端に残ったアイスコーヒーの中の氷はほとんど解けている。
(誰か来てたのかな。……あ)
コップに触れて、残っている霊気の残滓に気が付いた。
智颯は慌てて、円が寝室に使っている部屋に向かった。ノックもせずに扉を開ける。
布団が丸く盛り上がっている。円が布団にくるまっているのだとわかった。智颯の気配を察したのか、更に奥に潜り込んだ。
丸い布団に歩み寄る。布団を掴む円の手が内側に入り込んだ。
「保輔が、来てたんだな。話、聞いたんだ」
霊気の残滓は間違いなく保輔だ。用件はこの前の智颯との出来事を話すため以外には、きっとない。
円は何も言わずに、小さくなったままだ。
「ごめん。僕が先に話すべきだった。円を傷付けるんじゃないかって思ったら、なかなか言い出せなくて、ここにも、来られなくて」
本当は、知られるのも嫌で話せなかった。けどそれは智颯の勝手な思いで、円を蔑ろにする行為だとわかっている。
円は丸くなったまま動かない。
「学校の関係で、たまたま陽人兄様の家にいる保輔の所に行っただけだったんだ。保輔が苦しそうで、瑞悠の関係もあったし、その……。あの場で何とかしてやれるのは、僕だけだったから」
自分の口から出る言葉が総て、言い訳に聞こえる。我ながら情けないが、どう説明していいか、わからない。
「……智颯君は、好きでもない人とは、そういうこと、できないん、だよね。保輔とは、平気だった、の?」
布団の中から消え入りそうな声が漏れた。
「事情は、聞いた。自分が一方的に、押し倒したって、保輔は、言ってた。けど、智颯君は、嫌なら、抵抗、するよね。保輔のフェロモンは、そんなに、強かった、の?」
どう、言葉にしたらいいのか、わからなくなった。
惟神の智颯にフェロモンの効果がないと、円は知っている。あの時、抵抗した自分もいた。しかし、最終的に保輔を受け入れたのは事実だ。
「抵抗、したけど。そこまで嫌では、なくて。ただ、やっぱり、最後までは……」
布団が宙を舞って起き上がった円が智颯の体を抱き締めた。
「じゃぁ、智颯君は、これからも保輔が辛くなったら助けるの? この体に平気で触らせるの? 俺にすら見せない顔を保輔には見せるの?」
智颯を抱く円の腕はまるで拘束するように強くて、怖くなった。
この腕が離れてしまうのが、とても怖くなった。
「何も話してくれなくて、ここにも来なくて、智颯君はもう、保輔がいればいいのかなって。俺のことはもう、要らなくなったのかなって」
智颯の全身から血の気が引いた。
来ない間に円は、智颯が考え及ばないくらいに、既に傷付いていたのだと思った。言葉とは裏腹に智颯を求めるように縋る円の腕を、強く掴んだ。
「違う、僕は……。他の人とあんなことして円に軽蔑されるのが怖くて、円に嫌われて、円が離れていくのが怖くて、だから話せなくて。でも、話さないと僕も辛くて」
ぽろぽろと本音が零れ落ちる。
一緒に情けない涙が、目から流れた。
「円はこんなに傷付いてたのに、自分のことばっかり考えてた。ごめん、ごめんな。僕が好きなのは円だけだ。触れられるのも、恥ずかしい姿、見られるのも、全部、円じゃなきゃ嫌だ。円がいなくなるのが、怖い」
体が離れて、円の顔が目の前に迫った。
泣き出しそうな顔が、唇を食む。
「そんなに、俺のこと、好き?」
頬に触れた指が智颯の涙を拭う。
その指に手を添えて、甘く食んだ。
「円がいない生活なんか、考えられない。居なくなったら、立ち直れない。ここに来なかった間、キスできないのも辛かった」
円の腕が智颯の体を抱き上げる。自分の膝の上に座らせて、向かい合わせに抱き締めた。
余裕のない吐息を吐きながら、円の唇が智颯の唇を食む。いつもより急いた舌が口内を舐め上がて、舌に絡まる。
「んっ、ぁっ、ぁんん」
保輔とは比べ物にならない甘さが胸に溢れて、もっと欲しくて堪らなくなる。気が付いたら円の首に腕を回して、自分から唇を押し付けていた。
「好き、智颯君、好きだよ。他の誰にも、渡したくない」
キスの合間に零れ落ちる言葉が、余計に胸を締め付ける。苦しいのに嬉しくて愛おしさが込み上げた。
自然と唇を離して、見詰め合う。
円の瞳が潤んで見えた。
「俺に、飽きたわけじゃ、なかったんだ」
安心したように息を吐いて、円が智颯の顔を胸に抱く。
「一生、傍にいてほしい相手を飽きたりしない。こんな風に触れ合うのは、円が良い」
「でも、保輔でも、勃った、んだよね」
言われてみれば確かに、勃った。やけに巧いキスをされて、フェラで勃たされたとはいえ、勃起してしまった事実に、改めて驚く。
返事をしない智颯の顔を眺めていた円が息を吐いた。
「殴っておいて、良かった。ちょっと後悔してたけど、しなくても、よさそう」
円らしからぬ物騒な言葉が聞こえて、智颯は顔を上げた。
「殴ったのか? 円が? 保輔を?」
「我慢できなくて、つい手が出た。智颯君に手を出したら殺すって、先に忠告してたし、あれくらいは文句言われる筋合い、ないよ」
言い切った円の表情は本気だ。いつの間にそんな忠告をしていたのだろうと思う。
「円は、保輔を気に入ってるんだと思ってた」
保輔相手だと流暢に話せる円を見ていると、不安になる。智颯以上に急速に仲良くなっていく二人に、どうしても嫉妬してしまう。
「友人になれそうでは、あるけど、智颯君より大事なワケ、ないよ。今となっては友人になれるかも怪しい。俺の智颯君に手を出した保輔を許さない」
「それを言ったら、円にフェラしてあんなに可愛い声出させた保輔に、僕はずっと嫉妬してる。僕の方がフェラ巧くなって、円を可愛く啼かせたい」
思わず口を吐いて本音が出た。
手で口を覆って円を見上げる。顔を赤くした円が、智颯を見下ろしていた。
「俺たち、お互いに保輔に嫉妬してるんだね」
「そぅ、だな。なんか、変な感じだ」
円の唇が落ちてきて、ふわりと重なる。
さっきより優しくて、温かい口付けだった。
(今なら、今なら渡せる。むしろ、今しかない)
智颯はずっと持ち歩いていた勾玉を取り出した。
「これ、神在月の出雲に行った時、因幡の白兎にお土産で貰ったんだ。縁を結びたい相手や物や場所に繋げって」
真っ白な二対の勾玉を、円が感心して眺めた。
「へぇ、こういうお土産、くれるんだ。今までは、誰かにあげたり、したの?」
「いや、貰ったのは今年が初めてだよ。良い縁があったみたいだからって。この勾玉で繋がった縁が出雲の神力になるから、配ってるんだと思う」
出雲の神の縁結びの御利益は、こういう形で維持されているんだなと改めて痛感した。智颯もこの勾玉の存在や使い道を知ったのは、今年が初めてだ。
「さすが、縁結びの神様って、感じだね」
「二対の内一つを、円に貰ってほしいんだ。ずっと渡したかったんだけど、なかなか言い出せなくて」
円が少しだけ驚いた顔をした。
「俺で、いいの? 神様がくれた本物のレアアイテムでしょ?」
智颯は、頷いた。
「今更、驚くなよ。円以外に渡したい相手なんか、いるわけないだろ」
「いや、だって、人じゃなくても、物や場所でも良いワケでしょ?」
「それはそうだけど。そういうのは、これから円と二人で繋いでいくんだから、円に渡すべきだろ」
円の顔がさっきより驚きに染まった。
智颯を強く抱き締めて顔を埋め込む。
「やっぱり好き、大好き、智颯君」
円が、ぱっと顔を離す。
「でも何で、渡すの迷ってたの? 保輔と俺、どっちに渡すか、迷ってた、とか?」
不安に嫌悪が混じったような表情をする円に、激しく首を振った。
「そこは最初から円一択だよ。ただ、その、この勾玉は相手に渡すと色が変わるらしいんだけど、本当に縁がないと、変化しないらしくて、だから」
だから、怖くて渡せなかった。
円との縁が本物でなかったら、それを神託のように付きつけられたら、きっと立ち直れない。
勾玉を持つ手が、震える。その手を円がそっと握った。
「付けてみようか。腕? 首?」
円が智颯の手から勾玉を受け取った。
「腕、かな。紐を伸ばせば、首にもかけられるけど」
三重に巻かれた紐はそのままなら腕に、伸ばせば首にも付けられそうだ。
とりあえず、互いの左腕に付けてみた。
勾玉に智颯の神力と円の霊力が流れて混ざっていく。
白かった勾玉は、淡い青緑色に変化した。
「綺麗な秘色 だ……。僕が好きな色だ」
智颯は思わず呟いた。
色が混ざってくれたことも、大好きな色に変化したことも嬉しくて、安堵の涙が零れた。
「俺たちらしい、色だね。俺も好きだよ、この色」
円の腕が伸びて、智颯の顔を掴まえる。額に口付けて、笑んだ。
「神様の太鼓判、もらえたかな。俺と智颯君はレアアイテムが認めた運命の恋人って意味で、合ってる?」
何とも円らしいゲーム脳な発想だなと思うが、今はその表現が一番、しっくりくる気がした。
「合ってる。僕の運命の恋人は、円だけだ」
嬉しくて、円の首に腕を回して抱き付いた。
今のまま円を愛し続けてもいいのだと、出雲の神々のお墨付きをもらえたようで、嬉しいし、安心した。
「勾玉も嬉しいけど、智颯君が喜んでくれて、俺も嬉しい」
智颯の腕を捕まえて、円が口付ける。思ったより深い口付けに、息が止まった。
「じゃぁ、お清めエッチ、しよ?」
「え? お清め?」
智颯の体をやんわりとベッドに押し倒して、円が妖艶に笑む。
「保輔に汚されたところ、全部清めてあげる。俺とはスマタ、したことないでしょ」
円の足が股間をぐりぐりと押し上げる。
あっという間に、股間が熱くなった。
「したこと、ないけど、円とはもっと深いこといっぱいして……んっ」
口を塞がれて、言葉まで飲み込まれる。
「もっと可愛い智颯君、いっぱい見せて。運命の恋人にしか見せない顔、見せて」
口付けが雨のように降り注ぐ。
両腕を抑えられて抵抗できない体が熱を上げる。
いつもより性急で余裕がない円の雄みに気圧されながら、智颯は期待に胸を膨らませていた。
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