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第1話 招かれた新居の件について
予め伝えられていた三桁部屋番号を押して、オートロックの呼出ボタンを押す。そのまま少し待てばインターフォン越しに男性の声が聞こえる。
「待ってて、今開けるね」
その言葉のすぐ後オートロックのドアは自動的に開かれ、そのままドアを通過してマンション内へと入れば丁度一階に到着していたエレベータがあったのでそれに乗り込む。
目的の階と閉じるボタンを押せば、エレベータは扉を閉ざしその箱は重厚な機械音を唸らせながら目的の階まで上昇していく。その間特に誰も言葉を発することはなく、目的の階に到着するとエレベータから降りて周囲を見渡しながら教えられた番号が掲げられた部屋を探す。
「あった、ここですね」
セキュリティの関係からか表札こそ掲げられてはいなかったが、それはこの部屋に限ったことだけではなかった。部屋番号さえ間違っていなければそれで問題ないと考えてインターフォンに指を伸ばすが、インターフォンを押すよりも早く内側から扉が開かれて中からその部屋の住人が顔を見せる。
「そろそろ来る頃だと思ってた」
迎え受けた部屋の住人は春の人事異動でプロジェクトのサブリーダーとなった男性で、年齢は幾らか年上ではあるがそのふんわりとした佇まいから実年齢よりも幾らか若く見られていた。
「雪路さん、引っ越しお疲れ様です」
「お邪魔しまーす」
「わーい雪路さ~ん!」
今回新居に招かれたのは燐太郎を含め同じプロジェクトに携わる三名で、時間さえあれば社内でも良く行動を共にしている所謂〝いつメン〟といったものだった。
「駅から迷わなかった?」
「ぜーんぜん、竜ちゃん地図見るの上手いよね」
「樹雷さんが駅を出てすぐ反対方向に歩き出そうとしたのには驚きましたけどね」
伝えられた住所が正しければ地図アプリを使えば大抵の場所には迷わず到着出来るものだったが、フィーリングで行動する樹雷と幼稚園児のように目に入るもの全てに対して反応する悠真を連れての訪問は、駅からたかが十分程度であっても燐太郎にとってはハイキングにも似た道のりだった。
「まあここじゃ何だし、入って入って」
雪路は扉を内側から大きく開き、訪問者を部屋へ招き入れる。
暖かい室内灯に照らされた玄関は簡素ながらもどこか華やかで、一歩足を踏み入れるとふわりと花か果物のような良い香りが漂った。
「何かいい匂いがしますね」
脱いだ靴の踵を整えた悠真は燐太郎と同様、玄関先で漂う香りに気付くと家主である雪路へ視線を送る。
「ああ、これじゃない?」
悠真からの問い掛けに雪路は靴箱の上に置かれた据え置きタイプの芳香剤を指し示す。
少し潔癖のきらいがあるような雪路だったが、この新居は玄関先の芳香剤や壁に掛けられた外出用の鏡など清潔ではありながらも明らかに女性目線が取り入れられているような印象を受けた。
燐太郎がそう思ってしまったのも、これまでに数える程度ではあるが存在していた彼女の家に招かれた時と似たような印象を雪路宅の玄関先から受けたからだった。
しかし雪路に彼女が出来たなどといった話を燐太郎は聞いたことがなく、また公表していないだけだとしても、そのような存在がいるということはとても考え辛かった。
それを踏まえた上で改めて考えると、やはりこの玄関先のインテリアは雪路個人の趣味なのだろうかと疑問を残しながらも、燐太郎は用意されたふわふわのスリッパを履き案内されるがままにリビングへと向かう。
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