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第5話 絵師の件について

「うん? あれ……」  じぇいどの姿をじっと見ていた樹雷だったが突然何かに気づいたかのように唸り声を上げる。 「どうかしました?」 「ねえ鳥ちゃんちょっと」 「はーい?」  樹雷から声を掛けられた悠真はクッションから這い上がり、樹雷が指し示すスマートフォンの画面を覗き込む。 「この絵の感じ、どっかで見たことあるんだけど誰だっけ?」 「うーん?」  樹雷と悠真はデザイナとして勤務をしており絵に関しては燐太郎や雪路よりも知見が深い。 「あっ」  突然悠真は声を上げ、燐太郎のスマートフォンを両手で持つとじぇいどの姿を右から左から斜めから細かく確認をした後、納得したように視線を上げる。 「このイラスト、本田さんの絵ですねっ」 「本田さん?」  悠真が名を挙げたその人物は、同じ職場に勤務する別部署のデザイナーの名前だった。 「はいっ、分室の本田さんです!」 「ぶッ……」  その名前は燐太郎だけではなく雪路も良く知る人物で、悠真から本田の名前を告げられた瞬間燐太郎は、あまりの衝撃から声にならない声を漏らしてしまう。 「竜ちゃん」  燐太郎の明らかな動揺に気づいた雪路は紅茶を一口啜ってからちらりと燐太郎へ視線を送る。 「本田くんと寝たの?」 「ぐ……」  本田という人物は燐太郎が入社した時、雪路が責任者を務める部署に勤務していた才能のあるデザイナの男性だった。 「えぇー! 竜くん女の子大好きだと思ってたぁ!」 「だから三次元の女はもう懲り懲りだって……!」  画面の中の存在だからこそ安心して応援することができた。だからこそ性別は関係がなく、 《皐月じぇいど》 が男の娘だと分かっている今でも燐太郎の気持ちは変わらない。 「ああだから男に走ったってこと?」 「ち、が、い、ま、すっ!」  しかしその絵姿を作成したママと言われる存在が身近な人物であるということだけは想定外で、燐太郎はその降って湧いた事実をまだ頭の中で処理できないままでいた。 「……一回だけ、一回だけですよ。なんかほっとけない感じだったから」  彼はとても繊細な感性の持ち主で、同時にいつ壊れてもおかしくない危うさも持ち合わせていた。関係を持ったのはたった一回だけではあったが、同性相手の行為は今も燐太郎の中に深く強烈な印象を残していた。 「ふーん」 「推しのママがヤリ捨てた相手ってどんな気持ちですか?」 「鳥ちゃん無邪気に抉るねぇ」  悠真に悪意がないことは燐太郎にも分かっていて、親しい間柄だからこそ遠慮なく聞ける内容ではあったが女運の悪さよりも本田真香との関係を掘り起こされることの方が燐太郎にとっては気まずかった。 「ヤリ捨てた訳じゃっ……元々付き合ってた訳でもないし、なんか向こうにはもう別の相手いるみたいだし」  たった一度行為をしただけで付き合っていると認識してしまうのは、燐太郎がこれまで付き合ってきていた女性に多く見られる傾向だったが、こと同性に関してはそういう考え方に至らないことが楽だった。  それでも男ならば誰でも良いのだという事実は燐太郎の心に遺恨を残す結果となったが、本田真香に対してどう接することが正解であるのか燐太郎には判断がつかないままだった。 「ああ竜ちゃんが捨てられたんだ?」 「竜ちゃん下手だったの?」 「あんたらなぁ〜……」  下手だと言われたことはこれまで無かったが、簡単に乗り換えられてしまうともしかしたらそうなのかもしれないと一抹の不安だけが燐太郎の中に芽生え始めていた。

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