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第6話 推しと対面した件について

 本田真香と恋人関係にあったことは一度もないが、元彼女の娘というような形になりうる 《皐月じぇいど》 をこれからどんな目で見て金を貢げば良いのか、燐太郎は激しく混乱していた。  少しでも落ち着こうと手を伸ばしカップを掴むが、震える手はカップから紅茶を撒き散らし、樹雷が頭を叩き、悠真が奪い取ったカップをテーブルの上へと戻し、雪路がキッチンペーパーを取りにキッチンへと向かう。  その場の誰もが燐太郎の心中を察し無闇に言葉も掛けられない中、自分たちが入ってきた玄関の辺りからガチャリと施錠が開く音が聞こえ、良く通る声が突然響いた。 「ただいまぁ〜」 「ただいまでーす」  間違いなくここは雪路の部屋であり、迎えてくれた雪路もキッチンペーパーを取りに行っているだけでその背中はキッチンに見える。帰宅の言葉と共に戻ってきたことを考えればそれは勿論この部屋の住人ということになるのだろうが、燐太郎は聞こえたその声に聞き覚えがあるような気がして己の耳を疑った。  入院してから今朝までの間何度もアーカイブ配信を繰り返し見てきた燐太郎がその声を聞き間違えるはずが無かった。 「皐月じぇいど……?」  ぽつりと呟いたその言葉と同時に玄関エリアとリビングを遮る扉を開けて入ってきたのは正に 《皐月じぇいど》 をそのまま具現化したかのような、青みを帯びた色に前髪はぱっつんで横髪は姫カットのような段がついており、襟足の長い男性とも女性とも取れる人物だった。 「わあ、そっくり」  悠真も思わずスマートフォンの中のじぇいどと入ってきた人物を見比べて声を上げる。  その人物もリビングに見知らぬ人物がいて驚いているかのように硬直していたが、やがてキッチンペーパーを片手に雪路が戻ってくるとその人物の表情がぱあっと明るくなる。 「ああお帰り早苗。朝言っただろ、今日職場の人が来るって」  早苗と呼ばれたその人物は、雪路の言葉を受けて何かを思い出したようにはっとする。そしてすぐに柔らかい笑顔を浮かべると三人に向かって礼儀正しく頭を下げる。 「こんにちは、いらっしゃいませ。藤原早苗と申します」  扉の高さから考えても百八十センチ程度の高身長だろうか、手足はすらりと白くて長く腰を四十五度に曲げて頭を下げる礼儀正しさはどこか気品すらも感じられた。 「雪路さん隠し子ですかぁ?」  テーブルの周囲へ撒き散らされた紅茶をキッチンペーパーで拭く雪路へ悠真はにやにやとしながら尋ねる。 「隠してねーよ」  樹雷からの差し入れで貰った個包装のクッキーを手に取り封を切ると、雪路はクッキーを悠真の口の中へと押し込む。さりさりと食べていくその姿はまるで小動物のようにも見えた。 「――姉の子、なんだよ。色々あって今一緒に暮らすことになってな」 「へぇー! 雪路さんお姉さんいたんですかぁ!」  水分を拭き取ったキッチンペーパーを手元で丸め、雪路はそれをゴミ箱へ捨てる。ごくんとクッキーを咀嚼した悠真は初めて聞いた雪路の家族構成に驚いたように声を上げるが、当の燐太郎は早苗を見たまま完全に固まってしまっていた。 「早苗、この人がお前の配信活動のファンなんだってさ」  ぐしゃぐしゃと雪路が燐太郎の頭部に手を置き髪を掻き乱すと、樹雷もそれに便乗して燐太郎の肩に手を置いて揺らす。 「え、っと……」  早苗としても帰宅早々配信活動のファンと言われる相手を紹介されれば、状況が呑み込めないように口元を軽く握った拳で隠し狼狽えているようだった。

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