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第7話 牽制された件について

「雪路さん、僕もいるんですけどお」  突然現れた六人目の人物の声。  早苗が長身過ぎて隠れてしまっていたが、扉を開けて雪路と同程度の身長の青年がひょっこりと顔を出す。 「ああ涼、いたんだ」 「いましたよ! 一緒に帰ってきましたよ! ただいまって言ったでしょお!?」  まるで気弱な大型犬の後ろから、小型犬がキャンキャンと喚き散らすような形となり、雪路は喚く涼へ未開封のクッキーを優しく放り投げる。涼はそれを両手で受け取るとすぐに訪問者からの差し入れであることを理解して小さくありがとうございまーすと呟いた。  早苗の背後に隠れながらもしっかりと話を聞いていた涼は早苗より先にリビングへと入り、未だに呆けている燐太郎と向かい合うようにして腰を落とす。  黒髪で癖毛の強い涼の眼鏡の奥の瞳、獲物を捉えて逃さないという肉食獣のような瞳に燐太郎はどこか既視感があるような気がした。  見定めるように燐太郎をじろじろと見る涼はやがてニッと不敵な笑みを浮かべる。 「どーもぉ、 《翡翠メイ》 の頃からファンやってる 《カエサル》 こと柳澤涼ですぅ〜」  差し出された左手と聞き慣れない 《翡翠メイ》 の名前。しかし燐太郎はそれが 《皐月じぇいど》 がインフルエンサーとして顔出しの配信をしていた時の名前であることを調べて知っていた。 「涼、大人気ない……」 「まだ子どもなんで」  涼からの露骨な牽制と煽りに雪路ははあっと大きく溜息を吐くが、涼はここぞとばかりに唇を尖らせて雪路に対して反論をする。  つんつんと悠真から腕を突かれた燐太郎もハッとしてようやく正気に戻ると、ここまで敵意を剥き出しにされた挨拶に応戦しなければ男が廃るとして表情を引き攣らせながらも左手を差し出す。 「ど、どうも、 《皐月じぇいど》 からファンをやらせて貰ってる 《リンリン》 こと竜宮燐太郎です」  最近活動を始めたばかりの 《皐月じぇいど》 のファンであるということは、 《翡翠メイ》 の頃からのファンである涼から見れば新参に違いは無いだろうが、好意を金で示せる燐太郎の方が〝子ども〟を自称している涼よりは貢献できているような気がした。  燐太郎と涼のふたりはお互いに敵意を剥き出しにした左手で固く握手を交わす。 「リンリン……」 「リンリーン……」 「そこ、外野うるさいっ!」  まるで鈴虫のように輪唱を重ねる樹雷と悠真を一蹴した燐太郎は、涼に乗せられて自らのハンドルネームを明かしてしまったことを心から後悔する。 「早苗、涼。このクッキーそちらの多加良さんから貰ったんだ。紅茶淹れるけどここで飲む? 部屋で飲むか?」  雪路は空になったティーポットを持って立ち上がる。 「あじゃあ早苗さん僕らは部屋で――」  元々広めのリビングにふたりが増えたところで窮屈さは無かったが、職場の仲間が見えている前で自分たちが居ても邪魔になるだけと考えた涼は早苗に視線を向けながら言いかける。 「こっ、ここで……飲むっ!」  しかし早苗から返ってきた言葉は涼からすると意外なものだった。 「そう、じゃあ待ってな」  ティーポットを持ってキッチンへ向かう雪路を追うように燐太郎は咄嗟に立ち上がり、キッチンへと足を踏み入れると電子ケトルに水を入れる雪路のシャツの裾を掴む。 「ゆっ雪路さん、あの彼……ええと、柳澤、さん?」 「ああ涼な」 「じぇいどさんの……彼氏ですか?」  〝柳澤〟の名字は雪路の〝高輪〟とも早苗の〝藤原〟とも異なりどちらの親族でも無さそうだった。しかし雪路や早苗とも親密そうなその様子はそれだけ親しい間柄であると考えざるを得なかった。 「ぶはっ」  電子ケトルの電源を入れる雪路からは抑えきれなかったであろう笑い声が漏れる。 「んな訳ないじゃん。ただの友達だよあのふたりは」  雪路はふたりをただの友だちだと言うが、その割りには雪路とも親しそうな涼の言動に燐太郎の不安は拭い去ることができなかった。

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