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第10話 推しが笑顔になった件について

 ざわざわと人の声が聞こえたかと思えば、リビングと奥の廊下を繋ぐ扉が開かれ、盗聴器探しに向かっていた〝いつメン〟と涼の四人が戻ってくる。 「盗聴器無かったね~」  実際に盗聴器が発見されることなど稀で、少しは期待をしていた樹雷だったが成果を得られず、それは逆に良いことでもあったと安堵に肩を落としながら手に持った盗聴器発見器をくるくると振り回す。 「なあっ、途中から絶対違うモン探してただろ?」 「えー何のことぉ?」  男性の部屋を探し回る理由が盗聴器意外にあるとしたら、その目的はアダルトコンテンツに他ならず、樹雷や悠真の様子からそういったものは雪路の部屋から発見されなかったことが推察出来る。  きっと雪路の部屋からそういったものが出てきたならば、その傾向は今後燐太郎の女運の悪さと同じく〝いつメン〟のネタにされること請け合いで、同じ男性としても何も見付からなかったのは幸いといえる。雪路のことだから、そういったものは物理的な媒体ではなく電子媒体で持っているだろうということは敢えて口に出さないことにした。 「だけど、雪ちゃん本当にそういうとこ危なっかしいんだって。良く知らない人家に上げちゃ駄目だからね!?」 「分かってるって、あーもう何回それ言うんだよ」 「でも雪路さんの部屋って何か落ち着くんですよねぇ」 「僕雪路さんのお部屋に泊まっていきたいです~」  四人が戻ってくればリビングは再び賑やかさを取り戻し、燐太郎はあたふたとしながらそれまで 《翡翠メイ》 のことを調べていたスマートフォンの電源を落として仕舞う。  元々涼が誰とでも打ち解けやすいのか、すっかり樹雷や悠真とも親しくなった様子で、〝いつメン〟の中に紛れていても違和感がないようにも見えた。  雪路は燐太郎と早苗のふたりにちらりと視線を向け何かに気づいたように目を細めるが、すぐに何も無かったかのようにスマートフォンへ視線を移す。 「あれっ」  早苗の変化に気付き声を上げたのは、誰よりも早苗を良く見ている涼だった。 「嬉しそうだね。なんかいい事あったの?」  盗聴器探索に向かう前よりもずっと早苗の緊張感が解れ、帰宅当初よりはずっと柔らかい雰囲気になっているのに気付いた涼は、自分が見ていない間にふたりの間に何かしらの変化が生じた可能性に気づいていた。  涼に声を掛けられた早苗は視線を上げ、一度燐太郎に視線を向けると優しく微笑みそして再び涼へと視線を向ける。 「うん、あったよ」  早苗にとっての〝いい事〟。それが何であるのか燐太郎には分からなかったが、次に対面する時は再び画面越しに惜しみない愛を課金という形で伝えようと感じる燐太郎だった。 「そっか」  早苗の返事を受けた涼の表情もどこか嬉しそうで、はにかむようなその笑顔はどこかで見たことがあるような気がした。それが何処であったかと考えていると突然燐太郎の隣にそれまで向かい合う形で座っていた早苗の姿があった。 「え、あれっ?」 「えっと……涼くんが、樹雷さんたちと話したいからこっち移れって」  早苗が告げた言葉に燐太郎は咄嗟に向かい側へ腰を下ろす涼に視線を向ける。 「〝貸し〟ですからねえ? 《リンリン》 さん?」  そう言って勝ち誇った笑みを向ける涼の表情はやはりクソガキだと思わざるを得ない燐太郎だった。 了

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