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20. 励まし

「……ミッチ?」  『リク』や『ソラ』とは違う声が耳に入り、薄っすらと目を開けた。豪華な内装のホテルのような天井が目に入り、ああ、戻ってきたんだと、安堵のため息をついた。   「大丈夫か? ……なにか、うなされているようだった」  フレッドが僕にタオルを差し出しながら言った。  タオルを受け取って初めて気付いたけど、大量の寝汗をかいたようで、パジャマがぐっしょりと濡れてしまっていた。 「着替えを持ってくるから、湯浴みをしてくるといい」  フレッドは、使用人として働いている時は変わらず『ミッチ様』と呼ぶけど、僕やフィルと一緒にいる時は、普通に話してくれるようになった。  本来ならば使用人としてはおかしいのかもしれないけど、僕たちからお願いしたことなので、お父様やお母様、他の使用人たちの了承は得ている。  熱もだいぶ下がったのだろうか。体のだるさがだいぶやわらいでいた。汗をかいて気持ちも悪いし、湯浴みをすることにした。  汗を流してさっぱりしたら、だいぶ心も軽くなったように思う。  寝込んでいたことで、気が滅入っていたのだろう。前世の記憶が、夢を通じて次から次へと迫りくる波のように、頭の中に押し寄せてきた。  辛いことも楽しいことも悲しいことも一気にやってきて、頭の中が爆発しそうなほどだった。 「熱が出ちゃったから、怖い夢でも見たのかな。……あはは、子どもみたいだね」 「何言ってんだ。俺たちはまだ子どもだ。無理して背伸びする必要はない」  僕の言葉に、フレッドはすぐさま否定するように言った。  確かにそうだ。前世の十八才の時の記憶のままだから忘れがちだけど、僕たちはまだ独り立ちしていない子どもだった。 「俺、施設育ちなんだ」  ベッドの上に体を起こして座っている僕の隣に、フレッドは椅子を持って移動してきた。そしてそこへ座ると、おもむろに話し始めた。 「生後半年くらいの時、施設の前に置き去りにされていたのを院長が見つけてくれたんだ。院長は、俺の親からの手紙には『事情があって離れ離れだけど、また迎えに来るから待っていてね』と、書かれていたんだと言っていた。だから、その言葉を信じてずっと待っていた。でも、それは優しい嘘で、実際は親に捨てられたんだ……」  そこまで言うと、フレッドは悲しそうに瞳を伏せた。  出生の秘密など、そう簡単に人に話せるものではない。それなのに、前置きもなく話し始めたフレッドの意図がわからず、僕は何も言えずにただ黙って話を聞いていた。 「だから……俺は親のぬくもりなど知らないし、親と言えるのは施設でお世話になった人たちだけだ。でも、ミッチは、……ちゃんと両親に愛されてる、大丈夫、だ……」  段々と語尾が小さくなっていくフレッドを見て、ああ、元気のない僕を励まそうとしてくれているんだ、と気付いた。 「フレッド、ありがとう。僕は大丈夫だよ」  大変な出生の秘密を話してまで、僕のことを気にかけて励まそうとしてくれた。それだけでもう十分だった。  母の温もりを知らないというフレッドが、これからは少しでも多くのぬくもりと優しさに触れられるように、僕はもっとフレッドのそばに寄り添ってあげたいと強く思った。  そしてこの日の出来事は、双子の弟のフィルも知らない、二人だけの秘密になった。

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