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37. 秘密の隠れ家

「お父様は、フィラットの婚約者の家族に、あなたの存在を隠しているわ。だから、万が一姿を見せてしまったら、何をされるかわからない。……だから、絶対にここを出たらだめよ」  先程までの優しい聖女のような表情から一転して、とても厳しい表情をしたまま、お母様は僕に伝えた。 「はい……」  悲しいことだけど、これが現実。僕はうなだれて短く返事をすることしか出来なかった。 「それでね、使用人たちのことだけれど……」 「使用人?」 「しばらく一緒にいて、あの子達なら真実を話しても大丈夫だと思ったの」 「真実?」 「ミッチェル、あなたのことよ」 「え……」  お母様の思いもよらない言葉に、僕は言葉を失った。  お父様に見つからないようにという話ならば、淋しいけれど想定内のことだ。  けれど、長年ハイネル家に仕えてきたわけではない、新人使用人たちに、重要な秘密を明かしてしまっても良いものだろうか。  僕が答えに困っていると、お母様はそのまま話を進めた。 「あなたが驚くのも無理はないわ。まだ働きだして日が浅い子達だものね。……でも、だからこそだと思うのよ。若い子たちのほうが第二の性への差別意識を持つ子が少なく、順応性も高いと思うわ」 「でも、お父様に見つかってしまったら、あの子達だって……」 「大丈夫。普通に接客対応をするだけで、使用人が余計な口を開くことはないのよ。ただ、来客中にこの離れにいる、ミッチェルのサポートをしてもらおうと思って」  お母様は、僕のためにこの家の秘密を話そうとしてくれている……。そう思うと胸が熱くなった。  けれど目の前にいるお母様は「お父様の考えが、だんだん分からなくなってきてしまったのよ……」と、悲しそうな顔をしてポツリとつぶやいた。 ◇  それからしばらくして、フィルの婚約者の家族が訪問してきた。  事前にお母様から日時を聞いていたし、朝から使用人たちがソワソワしていたし、外から聞こえる音や声も聞き慣れないものがたくさんあった。  「エミさん、決してここから出ないでくださいね?」  お母様に幾度も言われた言葉を、僕の面倒を見てくれる使用人も念を押すように繰り返した。  僕がこの家の長男のミッチェルだと明かしたあとも、使用人たちは僕のことをエミと呼ぶ。それに慣れているからというのもあるし、うっかり僕の名前を口走らないようにということだ。  本当に、面倒なことをさせてしまっているなと思うけれど、使用人たちが一生懸命僕を守ろうとしてくれているのが、とても嬉しい。  フィルの婚約者とご両親が滞在するのは一泊二日を予定している。状況によっては滞在が延びる場合もあるそうだ。  ハイネル家へ嫁いでくるのだから、家の生活を知ってもらうにはそれが良いのだろうと思うけど、僕は見つかってしまうかもしれないという緊張の中で過ごさなければならない。出来ることなら、早めに帰ってほしいと願ってしまう。  お母様に『見つからないようにするには、塔の部屋が良いのではないですか?』と提案したら、あんなジメジメして薄暗い場所には二度と行かせられないわと、逆に怒られてしまった。  ただ、この離れの存在は、フィルと二人で庭探索した時に発見しているので、当然フィルも知っている。きっとフィルは塔にいるはずの僕に会いに行くはずだ。そして塔の部屋にいないと分かると、ここの離れを疑うかもしれない。  外からは出入りできないように鍵をかけてあるし、秘密の通路を通るには、お母様の書斎の隠し扉を通らなければならない。なので見つかることはないとは思うのだけど、何か胸騒ぎがしてしまうのはなぜだろうか。

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