44 / 86

42. 会いたかった人

 僕の働くエリアは、外部の人間との接触のない場所。なので自ずと場所が限られてしまうし、人と会わずに黙々と作業をしていることがほとんどだ。  それでも屋敷内で使用人として働いている僕は、お父様にばったり会うこともある。当然向こうから話しかけても来ないし、僕から話しかけることなんてできるわけもない。  そして、僕が離れで寝起きをしていることをお父様は知っていても、外部の人間の前に姿を現さないならと、見て見ない振りをしてくれるようだった。  屋敷内はそのような雰囲気なので、使用人たちも頻繁に離れに顔を出しては、フィルの様子など僕が知り得ない情報を教えてくれた。  お父様は前にも増して忙しい様子で、使用人は「あまりお屋敷に戻れないんですよ。たまに帰られても、お疲れの様子で……。皆で心配をしています」と言っていた。だから僕に会っても、それどころではないのかもしれない。  フィルは、リヒター公爵家の人々がハイネル家へ滞在した後の、六月の末日。ちょうどフィルの誕生日に、正式に婚約を交わしたらしい。まだ学生なので、頻繁に会うことはできないけど、手紙のやり取りなどでも交流を深めているらしい。  羨ましいな……。僕も、フレッドとやり取りできたらどんなに楽しいだろうか。でも手紙のやり取りどころか、僕には行方すらわからない。でもお母様は、連絡が取れるようになっていると言っていた。僕にも教えてもらえる日はくるのだろうか。 ◇  そんなある日のこと。  お母様から、僕に会いたがっている人がいるけど、書斎に通してもよいだろうかと尋ねられた。  僕が真っ先に思い描いたのは、フレッドだったから「僕に会いたい人って?」と、ぱっと顔を輝かせてお母様に視線を向けると、申し訳無さそうに「ごめんなさいね、あなたの期待しているフレドリックじゃないのよ。けれど、きっと喜ぶと思うわ」そう言われた。  そんな会話をしたのが、昨日のこと。僕はお母様の書斎で、緊張しながらお客様が訪ねてくるのを待っていた。  お父様に見つかると厄介だけど、今日は絶対屋敷に戻らないと分かっていて、今日の約束にしたと言っていた。だから、お母様の書斎をお借りして、客人をお迎えすることにした。  久しぶりに家族以外の人に会うと思うと、緊張でドキドキする気持ちと、楽しみでワクワクする気持ち。しばらくは心穏やかな日々を過ごしていたから、こんなに心ざわつくのは久しぶりだった。  コンコンと書斎の扉が控え目にノックされた。 「ミッチェル様、お客様が到着されました。ご案内してもよろしいでしょうか?」 「は、はい! どうぞ、お入りください!」  その場に立ち上がり、ガチガチな返事をして、扉が開くのを待った。使用人が扉を開けると、その場にいたのは僕がずっと会いたいと思っていた人だった。  その人は扉の前で立ち止まり、静かにさっと一歩後ろに下がった。彼は右手を胸に当て、左手を軽く広げて、深々とお辞儀をした。 「ミッチェル様、お久しぶりでございます。……塔で見張りをしていた者です」 「あ……っ」  予想外の人物の登場に、びっくりして動きを止めたままにしている僕の耳に飛び込んできたのは、懐かしくて安心する声だった。  不安ばかりの中で『フレッドの無事』というとても大切なことを教えてくれた声。あの日の彼の一言で、僕の心には希望の光が灯って、前向きな気持ちになれたんだ。  改めてお礼をしたいと思ったのに、彼はハイネル家の使用人をやめてしまっていて伝えられなかった。やっと、僕の思いが伝えられる。 「あの時は、本当にありがとう!」  僕は思わず彼の手を取ると、ブンブンと上下に振った。

ともだちにシェアしよう!