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43. 希望の言伝

 元ハイネル家の使用人だった彼は、フレッドと同じ歳のベータの男性で、名前は「ペーター」。瞳は深いダークブラウンで、スモーキーブラックの髪色と絶妙に調和していた。  上位貴族の使用人は、ベータがなることが多いと言われている。そう教えてもらったのは、僕が十二歳の時にバース検査をした時だ。  ただ、上位貴族が入学前検査を義務付けられているのと違い、平民などは各家庭の判断に任されているという。  ハイネル家では、使用人を雇う際に屋敷内で簡易検査が行われる。精度は多少落ちてしまうが、その場で結果がわかるため、その方法が行われている。  ペーターも簡易検査を受けていて、ベータという結果が出ていた。家族も親族も皆ベータだから、自分もそうだと思うと言っていた。  フレッドもベータなのかと聞いたことがあるけど、フレッドが我が家にやってきた経緯は少し特殊だったため、来てすぐには検査をしなかったらしい。その後、僕たちと同じタイミングで簡易検査をしたらしいけど、僕のオメガ騒ぎでそれどころではなくなってしまい、結果を知らない。 「本当に、あの時はありがとうございました」  ペーターに何度目かのお礼を言った。  あの時の僕にとっては、救いの言葉であり希望の言葉だった。何度お礼を言っても足りないくらいだ。 「そんなに頭を下げないでください」  ペーターのアーモンド型の瞳が困ったように揺れた。  元とは言え、ハイネル家に仕えていた使用人だ。それが雇い主の子息にこんなに頭を下げられたのなら、困ってしまうのは当然だろう。 「今日ここに来たのは、ある方からの言伝(ことづて)を預かってきたのです」 「言伝?」 「そうです。訳あって詳しいお話はまだできないのですが『必ず迎えに来るから、それまで待っていて欲しい』との言伝です。奥様もこのことについてはご存知です」 「お母様も……? ということは、その相手というのは、フレッドなんだね?」  僕は、お母様が塔の部屋から連れ出してくれた時に言っていた『フレドリックも見張りをしていた彼も、連絡を取れるようになっているから、心配しなくて大丈夫よ』という言葉を思い出していた。  今ここにいるのは、そのだ。ということは、その彼の言っているある方というのはしかいないと思う。フレッドのことをと呼ぶのが少し気になるけど……。 「すみません。まだ色々と準備中なので、お伝えできるのはここまでです。……また、進展がありましたら、連絡を差し上げますので、それまでこの家で頑張って待っていてほしいのです」  ペーターは、あの塔で見張りをしていたのだから、お父様の僕への扱いを知っている。光もろくに差し込まないような、湿気に満ちた薄暗い部屋で、一日に一回の最低限の食事。その際に見張り役の彼と顔を合わせ……とはいってもお互いに瞳が重なることはなく、決められた行動を繰り返すのみ。  それでも、泣きわめくこともなく粛々と日々を過ごす僕を見て、彼なりに同情の気持ちが湧き出たのかもしれない。任務としては与えられていなかった、フレッドの無事を伝えるという行為。  そのささやかな情けが、僕を生かしてくれた。  その彼からの言伝だ、信頼するに値する。たとえ今詳細が語られなくとも、彼の言葉を信じて待ち続けよう。 「僕は大丈夫です。お母様も味方だし、使用人たちも皆優しい。一生懸命毎日を過ごし、迎えに来てくれるのを待っています」  僕は、前よりももっと大きな希望の光を見つけ、晴れやかな気持ちのまま、ペーターに向かってそう伝えた。

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