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49. 気持ちの切り替え

「それは、どういうこと……?」  僕の政略結婚の計画から、フィルの婚約話になったのだから、全く関係ないとは思っていない。  でも、周りから見ればうまくいっているように思えた二人が、突然の婚約の白紙。  フィルの婚約者にもその家族にも会ったことさえないのに、僕に関係があるかもしれないと言われても、全く心当たりがない。 「このことも含め調査中なので、ここではっきりとお伝えできなくて、申し訳ございません。ただ、旦那様が今まで避けていらしたミッチェル様に接触したとなると、警戒を強めなければいけないかもしれません」  ペーターはますます厳しい顔をして、再びうーんと大きく唸った。 「とにかく、このことを奥様が戻られましたら、早急にお伝えしなければいけません。それから、今後の対応を考えましょう」 「お母様は、今日の夜には戻ると……」 「では、ミッチェル様は、それまでこちらで待機していてください。他の使用人に話をしてくるので、鍵をかけて絶対開けないように」 「うん……」 「大丈夫ですよ、ミッチェル様。あなたの味方はたくさんいます。全てが片付いたら、あの方が迎えに来ますから。だから、安心して待っていてください」  ペーターは僕の不安を消し去るように言うと、ニッコリと笑ってうんうんと大きくうなずいてから、そのまま部屋を出ていった。  僕はペーターの背中が小さくなるのを確認してから、扉を閉めて鍵をかけた。    この塔の部屋は、オメガの監禁場所として使われていたというのを聞いたのは、つい最近のこと。  ハイネル家代々、そんな事が行われていたという事実にショックを受けたけど、おそらく他の貴族の間でも日常的にあったことなのだろう。  だけどこれからはそんな必要はないと、お母様はひそかに普通の鍵に取り替えたのだと言っていた。  それを知らないお父様は、何かあったら僕をこのままここに閉じ込めようと思い、この塔の部屋に呼び出したのかもしれない。  予想外にお父様は憤慨して、捨て台詞とともに僕の前から姿を消してしまったけれど……。  まるで別人のようなお父様の姿を思い出してしまい、気を紛らわすように窓から外の景色を眺めた。  絶望に包まれていたあのときとは違って、今はまだ希望がある。ひとりじゃない、味方がたくさんいる。  だから、たとえお父様にあんな態度を取られようとも、屈せず前を向いて進んでいきたい。  今まで僕はずっと、『オメガだから仕方がない』と思っていた。前世でも、生まれ変わった今も。  たしかに、まだまだオメガが生きづらい世であることに変わりはないけど、少しずつ変えていくことはできる。  僕を助けてくれ支えてくれる人達の顔を、ひとりひとり思い出してから、よしっと気合を入れるように拳を握った。  結局その日は、ペーターはそのまま戻ってくることはなかった。  何かあったのかと心配になるけど、勝手にここを出てトラブルに巻き込まれてしまっても困る。  絶対開けないようにと言われた言葉を忠実に守り、僕はそのまま塔の部屋で過ごすことにした。  幸いにも、使われていない間でも手入れはされていたようで、季節に合った布団も用意されている。  朝から何も食べていなかったけれど、流石に色々とありすぎて、食べ物が喉を通る気はしない。  なので、ペーターが持ってきてくれた木製の容器を手に取り、中のハーブティーを少しずつ口に含んだ。カラカラに乾いてしまった身体に、潤いが染み渡るような気がした。  ベッドに横たわり天井を仰ぐ。  明日はどうなるのだろうかと不安もあるけれど、身体を休めることが大事だと思い、大きく深呼吸をしてからゆっくりと目を閉じた。

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