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胸の痛み

「フィルと婚約した。だからミッチはこの家から出ていってくれないか」  お父様に塔へ閉じ込められて数日過ぎた頃だった。突然フレッドとフィルが訪ねてきて、開口一番そう言った。 「……え?」  突然のフレッドの言葉に、僕は驚きの声を上げることしか出来なかった。たしかに、フィルはアルファだしフレッドもおそらくアルファだろう。家の存続のために、有能なアルファ同士が結婚することなどよくある話だ。子どもは妾を迎え入れるか、優秀なアルファを養子として迎え入れ、跡継ぎにする。オメガのことを人間以下の扱いをするアルファ至上主義の家では当たり前にあることなのかもしれない。 「検査の結果、俺はアルファだった。旦那様はたいそうお喜びになって、フィルの婚約者としてこの家に迎え入れてくださることになったんだ。使用人なんかじゃなく、正式なハイネル家の一員としてだ」 「僕、初めて会ったときからフレッドのことが好きだったから、とても嬉しいんだ」 「ああ、俺もずっとフィルのことが好きだった。だからこのお話をいただいた時、天にも登るような気持ちだった」  フィルとフレッドはそう言って、顔を合わせると幸せそうに微笑んだ。 「え、あ……あの、おめでとう……」  どうやって返事をしていいのかわからなくて、僕はやっとの思いで言葉を伝えた。戸惑う僕が見たのは、僕の疲れ切った心とは反対の、希望に満ちた表情だった。  僕がオメガと判明し、両親は手のひらを返したように冷たくなった。有無を言わさずここに閉じ込められ、ふさぎ込む日々が続いた。それでも、僕を庇おうと悲痛な叫びをあげてくれたフィルのことを思い、僕はひとりじゃないと耐えていた。フレッドも、言葉をかわすことは出来なかったけど、心配してくれているとずっと信じていた。  なのに、今目の前にいるこの人たちは誰だろう。双子の僕たちは、離れていてもお互いのことを思い、共鳴し合っていた。でも今は何も感じることが出来ない。僕に向ける二人の視線が冷たくて、思わず顔をそらした。 「ほら、この家に役立たずのオメガがいるなんてバレたら、ハイネル家の品位に関わるでしょ?」 「これからのハイネル家に、オメガは必要ない」 「僕たちみたいな、優秀なアルファがいるのに、オメガなんかに足を引っ張られたら困っちゃうもん」  オメガと判明したあの日、声を震わせてお父様に反論してくれたフィルは、もういないの? 目の前で、オメガを虐げるような言葉を平気で言っているのは、だれ? フィルはそんな子じゃない。家族思いで、とても優しい子なんだ……。 「双子だから全く同じ顔じゃない? オメガと同じ顔だなんて、僕なんか複雑だよ」 「そうだな。フィルと同じ顔したオメガがいるなんて、視界に入るだけで不愉快だ。だから、さっさと荷物をまとめて出ていってくれ」 「あ、そうそう。お父様が、ミッチを迎え入れたい人がいると言っていたよ。多分その人のところに行くんじゃないかな。とてもオメガのことが好きみたいだから、よかったね。きっと大切にしてくれるよ」  フィルは、意味深な笑みをニヤニヤと浮かべながら僕に向かって言うと、フレッドと再び向かい合い、今度は距離がどんどん近づいて――。 「やめて!!」  目の前の光景を見たくなくて、目をつむり耳をふさいだ。嫌だ、見たくない。想像したくないのに、あの二人の関係を想像してしまう。あの距離はきっと……。 「お食事をお持ちしました」  コンコンというノックとともにかけられた声に、僕はびっくりして目を開けた。でも目の前には誰もいなくて、僕は何度か瞬きをした。 「ミッチ様? どうかされましたか?」  再び聞こえるノックの音と、使用人の声。――ああ、これは夢だ。瞬時に悟った僕は、ほっと胸をなでおろした。そうだ、あの二人があんな事言うわけないんだ。  まだドキドキと早いままの鼓動を落ち着かせるように何度か深呼吸をして、ドアを静かに開けた。そして使用人から食事を受け取り扉を閉めると、再び鍵がカチャリと閉まる音がした。 「婚約……か」  夢だとわかっているけど、可能性として否定しきれない。フレッドは孤児出身だからバース検査はしていないけど、きっとアルファだと思っている。それにお父様はフレッドのことを気に入っているから、将来的にフィルの婚約者の候補になってもおかしくない。  あの二人ならお似合いだ。なのに、なぜこんなに心がチクチクと痛むのだろうか……。  僕がこの心の痛みの正体をはっきりと知るのは、もう少し後のこと――。

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