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フィルに誓う

「フィル、ちょっといいか」 「……あれ? フレッド! どうしたの?」 「話があるんだ。付いてきてくれ」 「えっ? ……わかった」  週末で帰省しているフィルを呼び出すと、屋敷の中の使われていない一室へ向かった。中に入りパタンと扉を閉めると、カチャリと内側から鍵をかけた。  そして少しの沈黙を挟んだあと、俺はゆっくりと口を開いた。 「信じてもらえるかわからないんだけど……俺、前世の記憶を思い出したんだ」 「前世の記憶……?」 「そう。俺の前世は、ミッチの恋人だったんだ」 「は……っ?」  俺の突然の告白に、フィルは目を大きく見開いて言葉を失った。それはそうだ。前世の記憶があるということだけではなく、ミッチの恋人だったなどと言い出したんだ。頭がおかしくなったのかと思われても仕方がない。 「……ちょ、ちょっと待って。……どういうこと!?」  フィルなりに頭の中で整理しようと試みたようだけど、どう考えても非現実的な俺の言葉を、理解するのは難しいのだろう。 「理解できないのも無理がないと思うけど、俺の話を聞いてくれるか?」 「う……うん……」  これ以上フィルがパニックにならないように、なるべく落ち着いたトーンで、説明をすることにした。俺の言葉に、フィルは瞳をあちこちに彷徨わせながらも、戸惑いがちに頷いた。 「俺も、ミッチも、こことは違う時代の違う国に産まれたんだ」  俺は、静かに話し始めた。  日本という国で、二人は恋人で結婚の約束もしていた。ミチは前世でもオメガで、ただオメガというだけで虐げられ、謂れのないイジメを受けていた。それを救った……なんていうと、ヒーロー気取りだな。ただ俺が、ミチに一目惚れしたんだ。その時のミチはボロボロだったけど、俺には誰よりもキレイで輝いて見えたんだ。  頑なに心を閉ざしていたミチも、徐々に心を許してくれるようになった。両親も、渋々ながらも付き合うことを許してくれた。俺たちは、本当に幸せだった。  俺は、これから先ずっと一緒にいるのは、ミチ以外に考えられなかった。ミチもそうだと信じて疑わなかった。だから、サプライズでミチに指輪を送り、プロポーズを計画していた。  最初で最後のプロポーズは、恥ずかしながらどうしていいのか困り、親友に相談をした。親友にも彼女がいて、一緒になって相談に乗ってくれた。俺には、明るい未来しか見えていなかった。俺のプロポーズに、恥ずかしそうに頷いてくれるミチ。嬉しくなって抱きしめる俺。……そんな想像ばかりしていた。  ――なのに、あの日。 「こっちに来ないで!」  さっきまでの甘い雰囲気が一転し、ミチは俺に向かって冷たい一言を言い放った。ミチは、俺が親友の彼女と、ジュエリーショップに一緒にいるところを目撃してしまったらしい。誤解なんだと説明をしたかったけど、サプライズで驚かせたいという思いが脳裏をよぎる。 「ミチ……」  俺は、何から説明すれば良いのかと言葉を詰まらせ、ミチの名をつぶやくことしかできなかった。そんな俺を見て、ミチは目を見開いたあと、悲しそうに目を伏せた。  ああ、誤解なんだ。お願いだ、話を聞いてくれ。俺には、ミチしかいないんだ。  ミチが俺から離れていくのを引き止めたくて、ミチに向かって手を伸ばす。けどその手は届くことなく、バシッと思い切りはたき落とされた。 「もう知らない! 触らないで!」  ミチの悲痛な叫びが耳に飛び込んできたと思ったら、視界からミチが消えた。俺から逃げるように走り出したんだ。  そして――。 「そんなことが、あったんだね……」  俺の話をじっと聞いていたフィルが、小さくため息を吐いたあと、静かにつぶやいた。生まれ変わり前とは言え、自分の大切な兄が、不甲斐ない恋人のせいでそんな悲しい過去があったなんて、気分の良いものではないだろう。それでもフィルは、強い言葉を俺に向けることなく、ゆっくりとこちらを見た。 「でも……リクは、ミチを庇ったんでしょ? ミチの気持ちは僕にはわからないけど、リクにとってミチがどれだけ大切な存在だったかは、想像できるよ」  フィルはそう言って、ふっと優しく微笑んだ。  俺は、この思いを言葉にするのは難しすぎて、ただ黙って頷くことしかできなかった。 「……で、フレッドが僕に話したいことは、それだけじゃないんでしょ?」  俺は、フィルに前世のリクとミチの話をした。生まれ変わりを信じていたことも、実際こうやって転生して再び出会えたことも。そのことを聞いたうえで、フィルは俺に聞いてきた。 「ああ。……旦那様のことも、もう少しで方がつきそうだ。だからこのタイミングで、ミッチにプロポーズをしようと思う」  しばらく表情を曇らせていたフィルが、パッと顔をあげた。 「プロポーズ!?」 「前世のことを思い出したのも良いタイミングだと思ってるけど、そのことがなくても、俺はこれからずっと一緒にいるのはミッチしか考えられない。今は非力だった頃の俺じゃない。堂々と胸を張って、ミッチを支えていくことができるんだ」  自信満々に言う俺に、フィルは嬉しそうに笑った。 「フレッドはさ、出会ったときからミッチしか見えてなかったもんね」 「え……?」 「ほんと、無意識だったんだろうねー。双子で全く同じ顔の僕たちなのに、フレッドはずっと見分けてたし、ミッチを見る目が全然違ったんだよ?」 「そ……そうなのか……」  フィルに指摘されて俺はおどろいた。ミッチへの気持ちを自覚したのは、だいぶあとなのに、フィルは出会った頃から感じ取っていたというのだ。 「……で、どうして先に話そうと思ったの?」 「個人の繋がりだけではなく、家の繋がりが大切だから、プロポーズの承諾を得ようと思ったんだ」 「でも、僕が反対しても、ミッチを諦める気なんてないんでしょ?」 「まぁそうだが……」 「ハイネル家の反応が思わしくなかったら、アーホルン家の力を使って、囲い込もうとでも思ってたんでしょ」 「囲い込む!?」  さすがにそこまでは……と反論しようとして、俺は言葉をつまらせてしまった。たしかに俺は、ミッチを守れるだけの環境がある。ダメなら強引にでも連れ去ってしまおうと考えていた。 「ふふふ。フレッドって嘘をつけないよねー」 「だ、だけど……」 「いいのいいの。……で、なんで僕にだけ先に話したの?」  フィルは本当に感が良くて賢い。すべて見透かされているような気さえした。 「このあと、旦那様や奥様にもプロポーズの許可は得ようと思っている。けど転生の話もするのは、フィルだけでいいと思ったんだ」 「なるほどね。そっか、それで僕に……」 「フィルは、ミッチの大切な弟だ。双子の片割れだから、知る権利はあると思ったし、まず第一にプロポーズの許可を得たいと俺自身が思ったんだよ」 「えへへ、そっかそっか。僕の大切な双子の兄、ミッチのことをよろしく頼むよ。泣かせたりしたら、僕が黙ってないからね!」 「もちろんだ。大切にする」  俺とフィルは、ぎゅっと固い握手を交わした。フィルともこれから長い付き合いになる。なんといっても、義理の弟になるんだから。  二人と出会ってからの日々を思い起こすと、本当に色々あった。でも、諦めずに信じて進んでよかった。これからの未来は、きっと明るく輝くものになるだろう。  それから数日後、家族みな揃っている場所で、プロポーズの報告をすることになる――。 (終)

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