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第1話 新たな出会い
七瀬と出会ってから二年ほど過ぎた頃、春斗は一人で街へ出かけるようになっていた。
一度は一人で出かけることに反対され、ちょっとした諍いとなったこともあったが、何度も話し合った結果、了承してもらえたのだった。
一人で行動するようになると、当然行動範囲が増える。
今日の行先は、九重(ここのえ)から教えてもらった植物庭園。
九重は七瀬の屋敷に度々訪れる常連で、昔は大きな山を治めていた化け狸だ。物知りで温和な九重は、春斗にとって優しいおばあちゃんのような存在だった。
その九重に紹介された庭園は、この国随一と称されており、ありとあらゆる植物がそろっているらしい。
初めて庭園に入り、その光景に春斗は目を輝かせた。
季節は早春。遊歩道の両端に辺り一面、緑や赤、黄、橙など色鮮やかな植物が所狭しと栽培されており、春斗が見たこともない植物も多くあった。
それぞれの植物には小さな木製のプレートが添えられ、名称や繁殖地域、薬効などが記されている。
春斗は、それらを興味深く見ながら、ゆっくりと歩みを進める。
ここは入場料を支払えば、常識の範囲内で植物を持って帰ることもできるのだ。
新しい植物が手に入れば、また新しい薬草茶や薬ができる。
春斗は、最近薬草茶づくりに凝っていた。少し仕入れて帰ったら七瀬も喜ぶだろうか。
七瀬の喜ぶ顔を思い浮かべ、春斗は良いものを選ぼうと気合を入れた。
しばらく歩いていくつかの植物を手折り、鞄に詰め込む。
歩き疲れた春斗は、疲れた足を休めようと、庭園の中央にある東屋に入り木製の長椅子に腰を下ろした。
ふわりと風に乗って香る草花の匂い。春斗は目を閉じ、それを心ゆくまで味わった。
「こんにちは」
突然の声に慌てて目を開くと、隣に小さな男の子が座っていた。
全く気配を感じなかったことと、身体が触れそうな距離に驚き、春斗は上手く声が出せなかった。
「え、あ……こ、こんにちは」
「ふふふ、お兄ちゃんびっくりしてる!」
少年は楽しそうに笑って春斗の顔を覗き込んだ。
歳は人間でいうと小学校一年生くらいだろうか。
ここにいるということは恐らく人間ではないのだろうが。
肩の上辺りで切りそろえられた黒髪がさらりと揺れ、暗緑色の瞳が興味深そうに春斗を見つめている。
周囲を見るが、保護者のような姿は見当たらない。
「君、一人なの?」
「うん! お散歩してるの。お兄ちゃんは?」
なんとも人懐こい子どもだった。
春斗の返事を聞いているのかいないのか、次から次へとおしゃべりが続き、話題は尽きない。
「よくここへは来るの?」
「うん! だって、おうちにいてもつまんないし」
「おうちの人は?」
「いないよ。僕がちゃんといるかの確認に時々帰ってくるけど」
複雑な家庭なのだろうか。少し寂しそうに眉を下げる様子がなんとも切ない。
「でも今日は楽しい! お兄ちゃんに会えたから!」
無邪気に笑う少年は素直で可愛かった。
そうこうしているうちに日が傾き始め、風が冷たくなってきた。
この子一人を残すのはなんだか気の毒な気もするが、そろそろ帰らなくては七瀬さんも心配するだろう……
そう思い、春斗は腰を上げる。
「そろそろ俺は帰るよ。君はどうするの?」
「んー……僕はもう少し遊んでから帰る! あ、僕の名前は巳影(みかげ)だよ!」
「そういえば名乗ってなかったね。俺は春斗。じゃあ、気を付けて帰るんだよ?」
春斗は小さく手を振って庭園を後にした。
その後ろ姿を巳影は、じっと見つめていた。
「春斗……またね」
呟くように囁いた巳影の声は風に乗って消えていった。
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