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第2話 穏やかな日常

 春斗は、帰宅するなり摘んできた薬草を机に広げ、七瀬に披露した。 「七瀬さん、これ珍しいでしょう?」 「ほお、今日は庭園に行ってきたのだったな。なかなかに良いものが見つかったではないか」  七瀬は春斗の広げた薬草を手に取ってしげしげと見つめる。 「どうです? 使えそうですか?」 「ああ、もちろんだ。春斗の茶にも使えそうなものはあったのか?」 「はい! お茶はやはり香りが大事ですから、香りのいいものを選んできました」  あまりに楽しそうに報告してしまったからか、七瀬になんとも愛おしそうに見つめられる。  春斗は急に恥ずかしくなってしまい、しどろもどろになった。 「あ、えっと……すみません、はしゃぎすぎですね」 「いや、春斗を一人で外出させるのは心配だが、こうやって楽しそうにしているところを見ると、私も嬉しいよ。春斗はもう一人前なんだな」 「だから子どもじゃないんですってば。童顔ですけどね」  春斗が冗談だと笑うと、七瀬も「そうだな」と笑う。 「ほら、そろそろそれを仕舞ってこい。外に行ってきたんだ。湯浴みに行くぞ」  いつからだったか、七瀬と春斗は一緒に湯浴みをするのが習慣になっていた。  風呂は二人で使うに十分な広さがある。  初めは恥ずかしいからと断っていた春斗だったが「想い合っている仲なのだから何の問題もない」と七瀬に押し切られ今に至る。  春斗としても恥ずかしいだけで、本心は七瀬と二人の時間が増え、嬉しくもあった。  因みに、同じ理由で寝室も同じにすることになっている。  湯船の中で、七瀬に膝の上に乗せられ体を温める。  なんとも恥かしい体勢ではあるが、慣れてしまえば、七瀬の滑らかな肌とじんわりと身体に沁みるお湯が心地いい。  春斗はほっと息を吐いた。 「春斗の肌は柔らかいな」  そう言って、七瀬の手が春斗の腹の上を撫でる。 「わ、くすぐったいですよ!」  くすぐったさに身を捩ると、お湯がチャプリと揺れた。 「暴れると危ないだろう?」 「誰のせいですか……」 「さあてね。ほら、そろそろ上がるぞ」  ニヤリと笑みを浮かべて立ち上がる七瀬を、春斗は「やれやれ……」と苦笑を浮かべ、追いかけた。  その日の夕餉もいつもと同じように、会話が弾んでいた。  今日は里緒と菜緒も参加し、一層賑やかだった。  そろそろ仕舞いにしようとした時、ゴトリと頭上で音がし、皆は箸を止める。  音がしたのは、上座の天井付近に設けた神棚。見ると、札が倒れていた。 「風もないのにどうしたのでしょう」  里緒が首を傾げた。 「……まあ、少しずつずれてきていたのかも知れん。気にすることはない」  七瀬は札を元に戻す。  札の横では、神鏡が美しく輝いていた。

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