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第3話 森山の訪問

 それから数日は訪れる客も多く、春斗と七瀬はその対応に追われていた。  七瀬の調合した薬はもちろんのこと、最近では春斗の薬草茶も人気となり、客の来訪が格段に増えていたのだ。  そんな中、森山がやってきた。森山は、以前春斗の着物を仕立ててもらった呉服屋だ。 「森山様、お久しぶりですね」 「春斗様、ご無沙汰しております。変わりはありませんかな?」 「ええ、森山様は少し顔色が良くないようですね。どこか具合でも?」  春斗は森山の歩く様子と顔色に違和感を覚えたのだ。  まだまだ寒い日もある。体調も崩しやすい季節だ。 「春斗様には隠せませんねぇ。実は最近、腹の調子がよろしくないのです。きりきり痛むというか、差し込むような痛みというか……」 「それはお辛いですね。お仕事にも障りましょう。七瀬さんをお呼びしますね」  ちょうど接客を終えた七瀬に声を掛ける。  七瀬は、森山の話を聞くとすぐに薬を用意した。  白い薬包紙を十個。数週間前に春斗が調合したものだった。 「これで治らないようであれば医者に見せた方がよかろう」 「これは、これは、感謝申し上げます」  森山は深々と頭を下げる。そして顔を上げると思い出したように口を開いた。 「そういえば七瀬様、こんな噂を耳にしたのですが」  森山は周囲に目配せし、誰もいないことを確認する。 「何やら夜の街が不穏なようで。夜出歩くと、何か大きなものが這うような不気味な音がするそうなのです。森の動物たちも怖がってあまり出てこない様子だとか……」 「ほお、それは穏やかではないな。少し調べてみよう。皆に夜はなるべく外出しないように触れてくれ」 「承知いたしました」  話を終え、帰ろうとする森山を春斗が引き留める。 「森山様、これをもらってください」  春斗の手には小さな茶色の薬包紙。 「薬草茶の試作品です。おなかの血流が良くなりますので試してみてください」 「おやおや、それは有難く頂戴しますぞ」  森山はにこやかに帰っていった。 「春斗、よかったのか? あれはあまり数がないのだろう?」 「ええ、でもできるだけ多くの人に試してもらって意見が欲しいですから。あ、もちろん七瀬さんの分は取ってありますよ」 「そうか……では、今日はそれを頂こうか」  自分の分を残しておいてくれたのが嬉しかったのだろう。七瀬は上機嫌に頬が緩むのを隠せていなかった。  冷静沈着とも評される七瀬の感情が表に出てくる場面を目撃するたびに、春斗は少し嬉しくもあり、面白くもあった。 「なんだ、急に笑いおって」 「いえいえ、何だか、あの冷静沈着な土地神様が人間ぽくって」 「からかっておるのか」 「ふふ、違いますよ。嬉しいんです。七瀬さんの感情が伝わってきて。俺だけの特権かな? って」  七瀬は呆れたように溜息を吐いたが、それも照れ隠しだろう。 「当たり前だ。春斗の前ではどうも調子が狂う。お前があまりにも可愛いからだろうな」  そう言って、春斗の頬を柔らかに撫でる。  今度は春斗が赤面する番だった。  七瀬は、してやったりと笑っていた。まだまだ七瀬には勝てそうもなかった。  その夜、いつものように布団に入った七瀬は、先に休んでいた春斗の髪を梳くように撫でる。 「お仕事は終わったんですか?」 「ああ、今日の分は仕舞だ……春斗」 「なんです?」  七瀬は春斗の髪を玩びつつも真剣な表情だった。 「なんだかよくない気配がする。それが何だかはまだわからぬが、夕刻以降は一人で出歩くでないぞ。屋敷の結界は強めておいたから、この屋敷にいる間は何事もないと思うが……」  屋敷の中は神域でもあるため、普段から結界を張っている。屋敷には家の者が認めた者しか入ることはできない。縁側は客も訪れるため、若干弱くはあるが、悪意のあるものや、邪気をもったものは決して入ることはできないようになっていた。  春斗は、七瀬の言葉に小さく頷く。 「必ず暗くなる前に帰ってきます」  その言葉と聞くと七瀬は安心し表情を緩めた。 「春斗、良い夢を」 「はい、おやすみなさい」  程なくして、二人の寝息が穏やかに響いた。

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