25 / 25
番外編 花見4
「春斗、そろそろお暇 しよう」
「はい。それでは皆様、大変お邪魔しました」
春斗が深々と頭を下げると、皆一様に笑顔で手を振っていた。
「里緒と菜緒はいつの間にか帰ったようだな」
「ええ、七瀬さんと他の神様方がお話されている間に、夕餉の支度をすると言って帰っていきましたよ」
「そうか。……なあ、春斗。ちょっと付き合ってくれないか?」
話しているうちに多少酔いが醒めたのだろう。
いつもの落ち着いた声に春斗は安堵する。
「どこに行くんですか?」
「着けばわかる」
どこか楽しそうな七瀬。柑橘のような香りがふわりと漂う。七瀬の香りだ。
半歩前を歩いていた七瀬がそっと春斗の手を取った。
「ふふ、俺は飲んでませんし、ちゃんと歩けますよ?」
「迷子になったら困るだろう?」
ただ手を繋ぎたいだけだろうにそんなことを言う。
こんなやり取りも楽しく、小さく笑いが込み上げた。
「あ……」
着いた場所は、二人の思い出の場所。二人の想いが重なった丘だった。
見事な満開の桜が二人を出迎える。
時折、風に煽られた花が舞い降りる。それは二人を歓迎し舞い踊っているかのように。
「また一緒に来ようと約束していただろう?」
「ええ。……綺麗ですね」
「ああ、美しいな。まるで春斗のようだ」
「……なんて恥ずかしいことを言うんですか。こんなに綺麗に咲いている桜に失礼ですよ」
春斗は口を尖らせるが、その頬と耳は桜色に染まっている。
「照れ隠しだな。ほら、頬も桜色だ」
両頬を七瀬の両手で包まれる。
白く美しい手だが、その手は大きく節くれだって男性の力強さも感じられる。
少し冷たい手が心地よく、思わずその手にすり寄った。
「猫みたいだな」
七瀬がくすりと笑う。
「だって七瀬さんの手が気持ちいいから。そんなに笑わないでくださいよ」
二人の視線が絡み合う。
「口づけをしても?」
七瀬が妖艶な笑みを浮かべる。
七瀬は春斗を美しいと言った。だが、春斗は七瀬こそ美しいと思う。
切れ長の目に淡く色付く薄い唇。妖艶に笑みを浮かべる様は、まるで夜桜のようだった。
月明りに照らされ、妖艶に輝く桜。
「春斗?」
押し黙った春斗に、七瀬が顔を覗き込む。
「……っ」
春斗は七瀬に吸い寄せられるように唇を重ねた。
七瀬は春斗の行動に驚き一瞬目を見開いたが、すぐにそれを受け入れる。
何度も角度を変え、柔らかく口づけを交わす。
一際強い風が吹き、花びらがぶわっと舞い上がった。
「春斗……好きだ。これからもずっと」
「……俺も……す、好き……です」
慣れない告白に、なんともぎこちなくなってしまったが、七瀬は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見て、やっぱり好きだと再認識させられる。
容姿だけではない、春斗を包み込むような笑顔、空気、全身全霊で受けとめてくれる安心感。春斗だけに見せる、子どものように拗ねたり、いたずらっ子のような表情。
こんなにも人を好きになることがあるなんて、昔の自分には想像もできないだろう。……人ではないけれど。
「春斗?」
再び押し黙ったままの春斗に、七瀬が首を傾げる。
そんな姿も可愛いと思う。
「ふふっ、俺、七瀬さんのことが本当に好きなんだなって考えてただけですよ」
「っ、春斗……お前は……はぁぁぁ」
手で目と額を覆い、盛大な溜息を吐く七瀬に春斗は首を傾げる。
「春斗……今夜は覚悟しておくんだな」
「ええええええ?」
目を白黒させる春斗に、七瀬は声を立てて笑った。
「さあ、冷えてきた。帰ろうか」
「……そ、そうですね」
未だ動揺している春斗の手を引いて歩き出す。
二人の背後で、桜の花びらが一斉に舞い踊った。
【完】
ともだちにシェアしよう!