24 / 25
番外編 花見3
まあ、神様だし悪いことはないだろうと足を踏み出したが、その足は七瀬によって止められてしまった。
「ちょっ……七瀬さん!」
七瀬は春斗を背後から抱きしめ離そうとしない。
「行くな。春斗は私のだ」
吉野は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにまた破顔する。
「おお、あの冷静沈着な七瀬殿がこんなにも誰かに執着するとは! これは面白い!! やはり可愛い顔をしておるからなあ。……床では尚のこと可愛かろうなあ」
「なっ?!」
初対面で突然そんなことを言われ、春斗は驚きと羞恥で赤面する。
酒の席で下世話な話になるのは人間も神も同じなのか……
「吉野殿! 言葉が過ぎますぞ」
「これはこれは、申し訳ない。春斗殿、七瀬殿が嫌になったらいつでもお相手いたすぞ?」
「吉野殿!!」
春斗を背後から抱きしめたまま、本気で怒りだしそうな七瀬の気配に、春斗は腹にある七瀬の手を数度軽く叩く。
「七瀬さん、七瀬さん、落ち着いてください。俺は七瀬さん以外のところに行くつもりはありませんから」
春斗の言葉に幾分落ち着きを取り戻した七瀬は、自身を落ち着かせるように息を吐いた。
「ああ、すまん。……ちょっと飲みすぎたようだな」
「ふふ、ちょっとじゃないでしょう? 完全にお酒に飲まれてますよ?」
吉野はまだ楽しそうに笑っている。
そして、いつの間にか二人の周囲には他の神々も集まりだしていた。
「おやおや、新顔だね」
「おお、噂のお嫁さんか」
「いやはや、めんこいのぉ」
注目された春斗は、どうしたものかと七瀬を見上げる。
「紹介しましょう。私の伴侶の春斗です。何かの折にはよろしくお願いします。……ただし、私の伴侶であることをお忘れなく」
再び背後から抱きしめられ頬に口付けられた。春斗は羞恥で顔から火が出そうだった。
「七瀬さんっ、皆様の前ですから!」
「皆の前だからだろう。牽制だ」
酒に酔った七瀬がこんなにも手に負えないとは思わなかった。
人前で……大勢の神様の前でこんなに大胆なことをするとは……
しかし、目の前の神々は皆にこやかに笑っている。
「あの七瀬がねぇ。よかった、よかった。」
長身で若く優し気な男が感慨深いというように頷く。
「春斗殿、七瀬は私の後輩でね。ずっと独り身なのを心配していたのだよ。七瀬はこの通り、見目もよいだろう? 言い寄ってくる者は老若男女問わずだったんだが、七瀬は全部追い払っていたんだよ。それがいつからだったか、数十年くらい前から人間に懸想しているとか言い出して。それが春斗殿だったんだね。優しそうな子で安心したよ。七瀬をよろしくね」
「……和葉殿、余計なことは言わないでいただきたい」
「ははは、申し訳ない。だが、七瀬、春斗殿を大切にな」
「もちろん、そのつもりです」
春斗は、しみじみと周りを見回した。
なんとも心地の良い穏やかな空気が流れている。
春斗は、自身が元々人間であり、異質な存在だと自覚していた。だが、ここでは歓迎されている。ここにいることを皆が快く思っている。それを肌で感じ、ただただ嬉しかった。
ともだちにシェアしよう!