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Love for a lifetime(一愛一世)

「ウェイ!しっかりしろ!」  遠くで、耳になじんだ優しい声が聞こえた。あの声が…、威軍が大好きな声が、自分を呼んでいた。 (志津真…、私の、志津真…)  呼吸が止まったと思っていた威軍だったが、声のする方へ手を伸ばすと、その手をしっかりと掴まえる熱い掌があった。その熱が恋しくて、愛しくて、どうしても欲しくて、威軍もまた握る力を加えた。 「ウェイ!」  重い瞼をゆっくりと持ち上げると、そこには間違いなく「恋人」である志津真の心配する顔が見えた。 「しづま…」  聞き取れないような掠れた声で、最愛の人の名を口にする。それだけで威軍は幸せな気持ちになれた。 「ウェイ!大丈夫か?」  気が付けば、威軍は志津真の腕の中にいた。しっかりと抱き抱えられ、目覚めた威軍に安堵した表情の志津真がそこにあった。 「シャワー浴びて出てきたら、ウェイの姿が無いし、変やなと思ってこっち来たら、床に倒れてるし、ビックリしたで」  いつもの、柔らかい関西訛だった。心を砕き、威軍の事だけを想う、深く、優しい声だった。 (「私の」志津真だ…)  威軍は直感的に思った。先ほどの志津真は悪夢の中の別人で、今、目の前にいる志津真こそが、威軍だけの恋人なのだ。 「志津真!」  その名を呼んで、威軍はそのまま両手を志津真の首に回し、引き寄せた。手放したくなかった。自分だけのものでいて欲しかった。 「どないした、ウェイ?」  恋人の体調に不安を残しながらも、励まそうとしてか穏やかな笑顔を浮かべて、志津真は威軍の麗容を覗き込む。 「しんどいんか?ベッド、行けるか?」  頼もしい口調で、ぐったりした威軍を志津真は抱き起した。いつも通りの愛情深い、優しい志津真だった。 「…い、て…」 「ん?なんて?」  志津真に(すが)るようにして立ち上がった威軍が、震える声で呟いた。聞き取れず、しっかりと威軍を抱きかかえたまま、ベッドの前で志津真が聞き返した。 「志津真…、今すぐに、抱いて…下さい」  威軍の印象的な長い睫毛に縁取られた、黒目勝ちの瞳が潤んで、志津真はドキリとする。  見慣れたはずの恋人の美貌に、今でもハッとさせられることが志津真には、ある。それはただの造作の精緻さという美しさではなく、志津真を一途に恋い慕う心の美しさとでも言おうか、威軍が持つ愛情の純粋さが志津真の胸を打つのだ。 「ええのんか?」  左手で威軍の腰をしっかりと支え、右手でそのはにかんだ頬を包み、志津真は思いやり深く、穏やかな態度で恋人の真意を確かめる。紳士たるべく大切に育てられた志津真は、いつでも威軍の心と体を尊重する。決して無理強いをすることは無いのだ。  優しい志津真の目を見詰め、威軍もまた、慈愛に満ちた美しい笑顔を浮かべた。 「本当に、アナタが私の恋人なら、今すぐに私を抱いて証明してください」 「エライ今日は、(あお)ってくれるなぁ」  倒れていた威軍の体調だけが気がかりだった志津真だが、この綺麗な笑顔にようやくホッとしたのか、いつもと変わらぬ軽口を叩きはじめる。  そして、すぐに全身を朱に染めた艶めかしい恋人を、荒々しく抱きしめ、そのままベッドに押し倒した。 「ウェイ…。ツラかったら、言うてや」  物欲しそうに濡れた眼差しで見詰めてくる威軍が、ただ愛しくて志津真は温かい言葉を掛けるが、その実、もう志津真も我慢できない。  誠実さを示すように、志津真は下になった威軍の(ひたい)にソフトなキスを1つ落とし、それが始まりの合図となった。 ***  2人はしっかりと抱き合い、互いの魂を重ねるかのように、深く、激しく口づけた。 「っ…う…、ん、ん…」  息苦しくなるまで、唇を噛み、吸い、舌を絡ませ、求め続け、与え続けた。  威軍のワイシャツを脱がせるのももどかしく、志津真はシャツをたくし上げて熱い掌を這わせた。 「ぁ、あ…あ、ん…」  間違いなく威軍の恋人である志津真は、どこに触れ、どこを刺激し、どこを擽くすぐれば威軍が悦ぶのか、全てを把握していた。その結果、強すぎる快感に威軍は全身をわななかせ、空気を求めて喘いだ。 「腰、上げて」  一旦、体を起こした志津真が、低い声で威軍の上で指示すると、恥じらいもなく威軍は腰を持ち上げて志津真にスラックスと下着を脱がされた。 「はい、お利口さんやね」  褒められて、威軍は嬉しそうに志津真の唇を掠める。素直な恋人へ志津真もご褒美を与えねばならない。  シャワーの後、ホテルのガウン1枚でいた志津真がそれを脱ぎ捨て、威軍を夢中にさせる肉体を曝さらす。それをウットリと見詰め威軍は手を伸ばした。 「私の…私だけの…」  そこまで言って先ほどの悪夢を思い出したのか、威軍の頬に涙が一筋流れた。 「怖こわない。なんも怖ないで、ウェイウェイ」  2人は一度ギュッと抱き締め合った。相手の体温が伝わるのが嬉しい。 「俺は、どこへも行かへんで。俺は、郎威軍だけのモンやし、郎威軍は俺だけのモンやで」  威軍の不安も、怯えも何もかも包み込むような志津真の言葉に、ようやく威軍は緊張を解いた。やっと恋人の腕の中に戻って来られたのだ。落ち着いた威軍は、少し儚げな笑みを浮かべた  そんな健気な恋人に我慢できなくなったのか、志津真は激しく威軍を掻き抱いた。  胸から脇腹をまさぐり、臍から下腹部に唇を這わせる。志津真以外に触れられたことの無い繊細な場所を刺激され、威軍は我を忘れて腰をうねらせ、苦し気で、悩まし気な呼吸を繰り返す。 「ああ…ウェイ、綺麗や…。好きや…お前が好きや…」  これほど濃艶な恋人が、自分1人しか知らないのが志津真は嬉しかった。こんな魅惑的な郎威軍の媚態を知っているのは自分だけなのだと誇らしくさえ思う。  威軍もまた、全身を好きにされ、蕩とろけるほどに満ち足りて、至福を感じていた。 「志津真…、しづま、ぁ…」、  何度も、何度も愛しい人の名を呼んで、威軍はその存在を確かめる。そして、自ら長い脚を大きく開き、あられもない姿で恋人を受け入れた。 白い喉を反らせ、衝撃に耐えながら、貪欲に腰を揺すって志津真の剛直を求める威軍は、今、ただひたすら幸せだった。 (あなただけ…あなたさえいれば、それだけで、私は生きていける…)  志津真の動きが激しくなり、威軍はもう何も考えられず、そのまま愛欲に耽溺していった。 「あっ!あ、…あぁ…」「はあ…、あ…ん、んっ」  2人は互いに高みに達すると、もう一度しっかりと抱き合った。  目が合うと、先ほどまでの乱れようは嘘のように威軍は恥じらって目を伏せる。そんな威軍を何よりカワイイと思いながら、いつものように揶揄(からか)うことをせず、志津真は軽いキスを1つ与えて、身を起こした。 「約束やったな、『明日の仕事に差し障りが無い程度に』しとこうって」  その言葉とほぼ同時に、志津真が自分の体から抜け落ちるのを、威軍は切なく思った。  すると志津真は、改めて威軍を後ろから横抱きにして、体をピッタリと寄り添わせた。 「このままやったら、朝になっても仕事に障りはないやろう?」  先ほどまでの体の繋がりと同じか、それ以上の確かさを感じ、威軍は何も言わずにただ頷いた。 「お願いがあるんですけど…」  ふと思いついて威軍が言った。 「なんや?」  優しく、甘く、低く響く志津真のセクシーな声が、すぐ耳元で聞こえる。 「明日は、私の部屋のベッドで、続きを…」  そこまで言って、威軍は照れ隠しなのかクスクス笑いだしてしまった。 「エエで。なんやったら、今からでも…」 「志津真!」  調子に乗りかけた恋人を窘たしなめるため、威軍は彼の腕の中で身を翻した。  向かい合った2人は、見つめ合い、それ以上の何の言葉も必要としなかった。  目の前にいる唯一の恋人さえいれば、それ以上に何もいらない。  君さえいれば、それで自分の人生は満たされるのだ。  そう確信して、威軍と志津真は穏やかに眠りについた。 《おしまい》

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