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In the Nightmare
突き飛ばされたことでよろめいた威軍に、志津真は手を差し伸べることさえせず、川村を抱いたまま、軽蔑するような眼差しで威軍を見ていた。
何もかもが信じられず、威軍はどうしていいか分からなくなり、立ちつくすしかなかった。
「加瀬さん…」
どうしたらいいのか分からないのは川村も同じようで、志津真の胸にしっかりと抱かれながら、困ったように志津真と威軍の顔を何度も見比べている。
「帰る気がないなら、そこにいればいい!」
キレたように強く言い放つと、志津真は川村の体を引き寄せてベッドに座った。
「前から物欲しそうな顔で俺のことを盗み見て、気持ちが悪いと思っていたんだ!」
志津真がそう評したのが自分自身のことだと理解した威軍は、完全に絶望して目の前が真っ暗になった。
(嘘…嘘だ…。志津真がこんなこと、言うはずが…ない)
威軍は必死で自分に言い聞かせるが、顔を上げ、志津真と目が合うとその憎々し気な視線に胸を突かれる。
「自分の立場を弁 えろ!」
そう言うと、志津真は川村を抱く腕に力を込め、威軍の目の前で、またしてもキスを始める。何度も、何度も繰り返し、深く、熱意の込められた口づけに、威軍は覚えがあった。
「志延…」
官能的で艶っぽい声がその名を囁く、それが苦しくて、威軍は目を瞑り、口惜しくて唇を噛んだ。
「加瀬…さ、ん…」
志津真の甘い声と巧みなキスで陶酔したように、川村がその名を口にする。
「しっかりと目に焼き付けるんだな、俺の恋人はこの川村志延だ。お前がどれほど物欲しそうにしようが、俺は志延しか抱かない!」
そう言って志津真は川村を押し倒し、服を脱がせ始めた。
「…这样错了(こんなの、間違ってる)」
気が付くと威軍は泣きながら呟いていた。
「イヤです…加瀬さん…。郎主任が見てる前で、こんな…」
怯えるように川村が志津真の愛撫を拒むが、志津真は優しく宥めるように川村の髪を撫で、頬に触れ、愛しい人を大事に扱っているのが分かる。
「気にせんでエエって。俺を自分の恋人だと勘違いしているストーカーなんやから。俺が誰のモンなんか、しっかり教えておいた方がエエんや」
「でも…、恥ずかしい…よ」
川村が頬を染め、潤んだ瞳で志津真を見詰めながら甘える様子に、威軍の心は切り裂かれたように痛む。
「ん?大丈夫やで。志延は何にも考えんと、俺に任せておけば、いつもみたいに、メチャクチャ乱れさせたるから…」
「もう…」
2人の親密過ぎる会話に、威軍は耐え切れず、立っていられなくなり床にガックリと膝を着いてしまう。
「ほな、イイ子やから、下も全部脱いで」
志津真の求めに川村は素直に従い、ベッドサイドに起き上がり、私服のスリムのジーンズと下着を落とし、ためらいもなく全裸になった。そして慣れた様子でベッドに横たわって待つ志津真に覆いかぶさるように身を任せる。
威軍の良く知る細身だが男臭いセクシーな志津真の体と、威軍より小柄な川村の若々しい肉体が、目の前で絡み合っていた。
志津真の指先の繊細な愛撫、唇の熱さ、舌の動きまで威軍にはよく知ったものだった。それが今、自分の物ではなく他人に捧げられているのだと思うと、苦しくて、苦しくて、威軍はただ泣くことしか出来なかった。
「あ…ん…」
いつしか、川村はベッドにうつ伏せに這わされ、背中に志津真の唇を受けていた。吸われ、甘く噛まれ、痕を残され、快楽を欲しいままに与えられ、満たされているのが威軍の目にも分かる。昨日までの自分がそうだったからだ。
「ほな、俺たちがもう一心同体で離れられへんってとこ、見てもらおうか」
志津真も興奮しているのか、荒い息で低く掠れたこれ以上は無いほどの艶めかしい声で川村の耳元で囁く。
「イヤ…あ、…ああ…ん。ダメ…ダメですぅ」
震えながら川村は志津真に腰を抱え上げられ、前を握り込まれ、うしろに押し付けられ、その先の期待に全身を紅潮させていた。
威軍にとって、志津真は初めての相手であり、唯一の恋人だ。
だが、志津真は過去にも相手がいた。しかも男女問わずに。それら過去の相手を、志津真がこんな風に優しく、激しく求めていたのかとまざまざと見せつけられた気がした。
「んっ!…はっ…あ、ん!」
川村が、甘く切ない声を上げた。目を逸らそうとしていた威軍が思わずその美貌を上げると、そこでは威軍が唯一愛する男が、他の男の体内に身を沈めるところだった。
「请停止!…不…、不想看!(やめて下さい!…も、もう、見たくない)」
威軍は、最愛の人が恍惚とした幸せな表情で自分以外の男を犯す姿を見ていられず、そのまま床に伏して泣き崩れた。
「志延…好きやで…。お前だけや」
志津真の声が威軍の耳にいやが上にも響く。
何度も、同じ声で同じ言葉を、威軍もベッドの中で聞いていた。それを、こんな風に自分以外の相手のために掛けるのを聞いていなければならないなんて…。
「か、せ…さん…。ううん…、志津真!」
逞しい志津真の愛を受け止め、満足そうに川村もその名を呼ぶ。幸せそうに求め合い、満ちたりていく2人の姿に、威軍はいっそ狂ってしまいたいと思った。
(こんな…こんな酷いことをするなら…いっそここで志津真に殺して欲しい…。もう、これほど志津真に嫌われて、私は生きていけない…)
苦しんで、思い詰めて、威軍は息が出来なくなった。
(死んでしまえば、こんなつらいものを見なくて済む…)
泣きながら、そのまま威軍は目を閉じた。
(それでも、私は志津真を愛しています…)
そう自覚したとたん、郎威軍は意識を失った。
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