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第4話
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愛崎と飲みに行くようになってから一か月。社員食堂で紅にそのことを話すと、目を丸くして驚く。
「え、愛崎と飲みに行ってんの? めずらしいー」
「そうなんですか?」
「うん。私、あいつと同期でもう十年の付き合いだけど、愛崎が二人で飲むのって、私か森山くんくらいじゃない?」
「まじっすか」
ダイキは自分でも声がはずむのがわかる。正直、うれしい。なんたって、愛崎への恋心は、ここ最近、誤魔化せないほど大きなものになっていたからだ。
「愛崎って昔から警戒心強いのに、森山くんにだけはスキンシップ多いし、かなり珍しいわよ。それに週一ペースとかありえない。私はせいぜい数か月に一回とかだもん」
「へ、へえ~じゃあ、酔い潰れるとかは?」
「酔い潰れる? あいつが? ないない!」
顔の前で紅がぶんぶんと手を横にふる。
「へえ~へへへ……」
にやけてしまう顔をどうすることもできない。それをじっと見つめていた紅が、思い切ったように口をひらく。
「ねえ、森山くんってさ、愛崎のこと──」
だがそれを遮るように愛崎があらわれる。
「森山、なにのんきに話してんだ、行くぞ!」
「ちょ、へ? 愛崎主任っ、あと一口、あとひとくちいぃぃぃぃぃ!」
大好物のカツ丼が遠のいていくのをどうすることもできず、ダイキは耳を引っ張られながら、ずるずると引きずられていく。そして誰もいない廊下に出たところで愛崎がダイキの耳を離して、小声で怒鳴る。
「余計なこと言うなよっ! 酔いつぶれるとか示しがつかねーだろ」
「はあ? そんなことでわざわざここまで? ……ってか、俺の前で酔っ払うのはいいんですか?」
さっきの話だと、十年付き合いのある紅の前ですら見せたことがないというではないか。そんな彼が、自分の前では酔い潰れるのだ。
「お前はもう、なんか今更だろ! いろいろ!」
そう怒る愛崎だが、ダイキには体のいい言い訳にしか聞こえない。
「それってもう、俺のこと──」
「? なんだよ」
「いえ……今度の休み前は……」
「行こうぜ。うまそうな店見つけたんだ。カツ丼屋だぞ。もうすぐ似顔絵捜査官の試験だしな。あとでLINEする」
そう言って笑う。こんな調子で愛崎はずっとダイキのツボを刺激してくるから勘弁してもらいたい。
「もう……どうなっても知りませんよ……」
ブレーキとアクセルをずっと同時に踏み込んでいるのだ。いつ、そのバランスが崩れてもおかしくない──。
「おまえならぜって~ごーかくするって~じしんもってかけよ~!、おまえのにがおえ、ほんとすげーんだから!」
「あーもー、ほんとに普段、酔っ払ってないんですか? 信じられないんですけど!?」
ハッキリ言って迷惑でないとは言い切れない。なにせ、愛崎は鍛えているせいか、とにかく重く、運ぶのが大変なのだ。
肩を貸し、今にも降りそうな曇り空の下を、大通りに向かって歩く。
「あ~ん? おまへ、おれのみためたいぷなんなろ? めんろーみろよー」
そう言ってへへっと笑う。そこに、仕事中の緊張感は微塵も見当たらない。
「主任……俺のこと好きですか?」
「はあ~? んなわけねーだろ」
「だって、俺の前でだけ酔うとか……俺にだけ、べたべたしてくるし……」
唇を尖らせて拗ねると、愛崎がそのほっぺたをむにっとつかむ。
「やめてくださいっ! 襲いますよっ」
「ははっ、たのしーし、お前と飲んだら、よくねむれる」
「あーそーですか……って降ってきた、主任、走って!」
「むり~」
「ずぶ濡れになりますって!」
なんとかタクシーを拾い、もう覚えてしまった住所まで送り届ける。愛崎のマンションは男の一人暮らしにしては広めで、管理人のいるオートロック付きのマンションだ。
その十一階にエレベーターでようやくたどり着き、愛崎のポケットを探って鍵を見つけ、寝室に運び込む。
「はあ、はあ、つ、着きましたよっ……あー重すぎっ! どんだけ筋肉詰まってんだ!」
どさっと寝室のベッドに仰向けに転がし、ようやく一息つくと、土砂降りの雨が雷雨を伴って激しく降り始める。
「よかったっすね。降られなくて」
「ん~……」
愛崎は手足を投げ出したまま、無防備に目を閉じている。その様子を、ダイキは食い入るように見つめる。
すうすうと穏やかに上下する胸、アルコールでほんのり染まった目元、薄くひらいた唇──。
ごくり、とダイキののどが鳴る。
「これで好きじゃねーとか、ありえねんだけど……」
ぼそりとつぶやき、振り切るように立ち上がる。ここ最近、仕事が終わってからも似顔絵の練習で寝不足の上、ご無沙汰だ。さらに愛崎ほどじゃないがダイキも飲んでいるのだ。このままでは、寝込みを襲いかねない。
「っし。じゃ、俺、行きますね」
酔った頭でなんとか理性を保ち、帰ろうとすると、くんっと何かに引っかかる。振り向くと、愛崎がジャケットのすそをつかんでいた。
「もうすこし……いろよ……」
掠れた声でそうつぶやき、そのまますーっと寝入る愛崎に、ダイキは覆いかぶさる。
もう、限界だった──。
ぎしりとベッドを軋ませ、愛崎の顔の横に手をつく。
「ん……」
舌で愛崎の乾いた唇を舐めて潤し、そのまま中に滑り込ませる。
「っ……」
舌先が触れ合うだけで、甘い痺れが全身に広がり、下半身が重くなっていく。ちゅっと舌先を吸って唇を離すと、愛崎が鼻にかかった声を漏らす。
「はっ……」
(この人、こんな濡れた声出すんだ──)
こうなると止められない。ダイキは手のひらで胸の厚みを堪能しつつ、下半身にも手を伸ばす。
「ぅ、んっ? な、は!? おまっ、なにやっ──んぁっ!」
ジッパーを下げ、勃ち上がり始めているソレを下着ごと握りこんだ。愛崎も抵抗するが、さすがに中心を人質に取られると、うまく力が入らないようだ。
「愛崎主任、俺、さんざん警告しましたよね?」
「警、告?」
「襲いますよって」
「ッツ、おまえ、おれはナイって言っ──あ! ばかっ、どこ触って──っ、う、んっ!」
下着の上から上下に擦ると、愛崎が唇を噛んで、声を耐える。
「愛崎さん……」
「っつ!……んんっ!」
べろりと首筋を舐め上げ、耳朶をくすぐると噛み締めた唇からくぐもった声が漏れる。それがまた、ダイキを煽る。
「愛崎さん、イきそう?」
「っつ!? ばかっ、や!」
下着の中に手を入れ、くちゅくちゅとやらしい音を立たせてしごくと、愛崎が快感に耐えるように体を丸める。そのあごをつかんで上を向かせ、唇を合わせる。
「もりっ……んっ! んんっ! んは!! ぁ、ちょ、ん──!!」
ねっとりと舌を絡めながら手の動きを速めると、愛崎が腰をふるわせる。
「やめっ、あ、もっ」
キスの合間に途切れ途切れに愛崎が懇願するような声を出す。仕事中、絶対に見せない、すがるような態度に、ダイキはもう、止まることができなかった──。
「愛崎さ……」
濡れた髪に触れようとした瞬間、蹴り飛ばされ、ベッドの下に転げ落ちてしまう。
「帰れっ!!」
「イヤですッ!」
キッパリと否定し、ダイキはその場に座りなおす。
「……は? おまえ、何言って」
青ざめた顔で、愛崎がダイキをベッドから見下ろす。
「愛崎さんは、俺のこと嫌いですか!? 好きですよね!? じゃなきゃ、俺に触ったり、俺の前で酔ったり、今だって帰ろうとしたら引き止めて──」
「雨やむまで休めって意味だっ! それがなんでそうなるんだよっ! 決めつけんな!」
愛崎の叫びに空気が震え、殴りつけられたベッドが大きく揺れる。
「え、でも──俺は、愛崎主任のこと──」
「やめろ! やめろやめろ! お前は酔ってたし、欲求不満だった、それだけだっ!」
取り乱したように大きなタオルケットをかぶり、そのままぎゅっと縮こまってしまった。
「あいざきさ……」
「ッツ……無理だっ、俺は──男同士なんて、ありえないっ! きもちわりーんだよっ!」
そう言ってふるえる愛崎に、ダイキはぼう然としてしまう。
(あれ? 俺……もしかして、間違えた……?)
勘違いだったのだ……何もかも……。
体の芯から、ふいに熱が消える。
うそ──……。
それからどうやって家に帰ったのかわからない。
ただ靴のまま玄関に倒れこみ、暗い天井を見上げる。
〝偏見持ってるやつもいるんだから〟
「あれって、自分のことだったのか……はは……ばかみてー……」
だが自分だけが悪いのかとダイキは思う。愛崎だって、思わせぶりな態度をとっていたじゃないか。
「裾つかんで呼び止められたら、勘違いするってえ~……確かに雨降ってましたけど!」
謝らないぞとダイキは強く思う。こっちはずっと性癖だと伝えていたのだ。それなのに触れてきて、勘違いさせられて、その結果──。
〝男同士なんて、ありえないっ! きもちわりーんだよっ〟
激しい雷鳴とともに、そう叫んでふるえる愛崎がフラッシュバックする。
「ッツ……泣きたいのは、こっちだっつの……!」
告白すらできなかった。やり場のない怒りで、ダイキは空を蹴った。
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