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第10話※
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『デート、いつにします?』
仕事終わり、ダイキは風呂上りにタオルで頭をがしがしと拭きながら、思い切ってLINEを送り、ふうっと一息ついてから携帯をリビングの机の上に放る。
(返事……すぐに来るわけないよな)
立場上残業の多い愛崎が、プライベートの携帯を見るのはいつも夜遅い。待つ時間がいやで、好きなドラマが始まる直前に送ったくらいだ。だが──。
『今週末の土曜なら』
「え、はっや……」
生乾きの髪をそのままに携帯を取り、ソファに腰かける。相変わらず業務連絡のような短いLINEだが、実に彼らしくて、ダイキはうれしくなる。
『どこ行きたいとかあります?』
デートといえば、映画、水族館、遊園地あたりだろうかとダイキが考えていると、またすぐLINEの通知音が鳴る。
『ゲーセン』
『ゲーセンっすか!?』
『久しぶりにはしゃぎたい』
「は……」
はしゃぎたいって、とダイキは打つ手が止まる。
「かっわいーな……もー……」
頬杖をついて携帯画面に向かって微笑み、返事をタップしていく。
『じゃあ、ショッピングモール行きましょう。ゲーセンもあるし、映画も見れるし』
ついでに気合の入った犬のスタンプを送ってみると、まさかのスタンプの返しがある。
「え、かわっ……」
眉がキリッとした、キラキラおめめのネコちゃんスタンプに、〝楽しみにゃ〟と書かれた文字がくっついている。
ダイキは携帯を持ったまま、ぼふっとソファに沈み、両手で顔を覆う。
「あぁ~ぎゅってしてえ~……」
ダイキはしばらく、己の欲望と闘った。
「やば、早くついた」
約束は十一時だが、まだ三十分もある。どこかで時間を潰そうと、噴水前にある、メンズファッション店に来店する。
(俺今日……張り切って新しい服着てきたんだよな……)
三月も後半にさしかかり、ようやく春らしくぽかぽかした季節になってきた。
皮のジャンパーにカーキ色のスニーカー。全体的にイエローベースでまとめているファッションだが、差し色のグリーンが若者らしいすがすがしさをプラスしている。
かたや、店内はモノトーンで統一されており、スタイリッシュなイメージが愛崎を思い起こさせる。
(どれ選んでも、似合いそう……)
「森山?」
いきなり名前を呼ばれ、ダイキは一気に緊張する。まだあと三十分あるからと、心の準備をしていなかったのだ。
「あ、あいざきさ──ッ」
「もう着いてたんだな。LINEしろよ」
そう言って現れた愛崎は、紺色のシャツに、黒のカーゴパンツ姿で、しゃかしゃかいいそうな素材のせいか、いつもよりいっそう軽やかに見える。
「その服、初めて見ました」
「ん? あ~買っ……た」
そう言って、照れたのか、愛崎が口元に手をやる。ダイキはぎゅっと心臓をつかまれた気持ちになる。
「俺との、デートのために?」
よく見ると、無精ひげも手入れされている。自分に合うために身支度を整えてきたのだと思うと、ダイキはますます胸がきゅっとなる。
「うるせーよ。お前だって全身新しいだろっ」
俺はシャツだけ!と反論する愛崎が可愛くて仕方ない。
「そりゃ、気合入れますよっ、でもまさか愛崎さんもって……やば、俺……うれしっ……」
ダイキは思わず拝むように手のひらを合わせて鼻と口だけ覆い、はあっとうれしいため息をこぼす。それを見た愛崎がダイキの肩をぽんっと叩き、ふっと笑う。
「浮かれてんな。俺たち」
「っつ……」
あーもう、この人は本当にズルい。今、こちらが手を出せないと分かっていて、こういうことを言うのだ。
「んじゃ、さっそく行くか」
そう言いながら店の出口に向かう愛崎を追いかけ、横に並ぶ。
「愛崎さん、ゲーセン好きなんですか?」
「UFOキャッチャーとか、かなりやってた」
「まじっすか。俺も得意ですよ。勝負します?」
そう言った瞬間、愛崎がにやりと笑う。
「負けたら?」
「勝った人の言うこと一つ聞く、なんてどうです? 」
「……お前、知らねーからな」
「こっちのセリフですよ」
最近仕事が忙しくてやっていないが、昔は大会にも参加していて、実は優勝経験もある。
(もし勝ったら、何をお願いしよう……)
手をつなぐ? キスをする? もう一度ぎゅっと抱きしめるのもいいかもしれない。
(あー俺、愛崎さんに触れたくてしょうがないんだな……)
なにせ、女子高生でもしないような、ぎゅっと抱きしめ合うだけで終わっているのだ。もっと深く、熱く、すき間なく彼に触れたい──
(あーもう、だから待つんだろっ! 俺!)
悶々としつつ、つい舐めるように見つめていると、気づいているのかいないのか、愛崎がふいに立ち止まる。
「ちょっと買ってくる」
「え?」
そう言って愛崎が買ってきたのは、虹色の綿菓子だ。愛崎の小さい顔をすっぽりと隠してしまうほど大きく、なんだかちぐはぐでかわいらしい。
「意外っすね。甘いの好きなんですか?」
正直、会社で食べているのを見たことがない。
「ふ。家ではよく食べるんだよ。甘ければ何でもよくて、チョコとかマシュマロとか。それと一緒にコーヒー飲むとほっとするんだ。似合わないだろ?」
「ギャップ萌えで死にそうですよ」
そう言うと愛崎が大げさだと笑う。
「だからこれも気になってて。さっき、開店前で買えなかったから」
「え? さっきって……ここ十時半開店ですよ? 何時に来てたんですか?」
「あー……十時」
「はっやっ! 待ち合わせ十一時ですよっ!」
「だから、俺も楽しみにしてたんだって。気になる店とか調べて……」
そう言って照れくさそうに横を向き、青い部分を手でちぎり、口に入れる。
「すげえ。まじでソーダ味」
そう言って目を輝かせ、綿菓子を突き出してくる。
「ほら、お前も食えよ。半分こ、な?」
「は、ハンブンコ……」
無駄に煽ってきている自覚があるのだろうか。おそらく半分わざとで半分無自覚なのだとダイキは思う。だからこそ、タチが悪い。
「あ、わり。口についた」
でかすぎる綿菓子に距離感がつかめなかったのか、あれこれ考えている間に口元に押しつけられてしまった。
「あ、だいじょう……」
適当に舐めてしまおうと舌を出すより先に、愛崎の指が口元の綿菓子をすくっていく。
「あっまっ! イチゴ味だ!」
「……!」
不意打ちすぎるその行動に、ダイキはついに顔が熱くなる。それを見た愛崎がしてやったりと笑う。
「顔、真っ赤だぞ」
「あ、あんたっ……この間の根に持ってっ!」
「ふはっ! 勝負は、ゲーセンでつけるんだろ?」
「望むところですよ!」
前言撤回。愛崎は半分どころか全部わざとやっているとダイキは確信する。
(くっそ……両想いになったらぜってー抱き潰す!)
固い決意を胸に、ダイキはゲーセンへ乗り込んだ。
一人千円までで、景品を落とした台の数を競うことになった。だが、本当に久しぶりなのかと疑うほど、愛崎はうまい。
「っし、取れた」
そう言って大きなくまのぬいぐるみを取り出し口から拾い上げ、ダイキに向かってうれしそうに笑う。
「かわい……ってあ~ミスった!」
「……俺のせいにすんなよ」
「愛崎さんのせいですよ」
「おい」
そう言って、ぬいぐるみの手を使って、ダイキの頭をはたく。
「ちょっ、やめてください……俺、なんかもう、気持ちがいっぱいになるんでっ!」
まるで恋人同士のような掛け合いが、ダイキにとってはうれしくて、しあわせすぎて、もうどうしていいかわからない。
「もう……俺の負けでいいっす」
「はあ? 勝負で手を抜くな。本気でやってる俺がバカみたいだろ」
結構ガチ目なトーンでぬいぐるみと一緒に迫ってくる愛崎が、ダイキは内心おかしくて仕方ない。
「手は抜いてないですし、本気でやってますって!」
とはいえ、ここで愛崎はすでに千円使い切って7台制覇。ダイキはまだ3台だ。残り半分の資金でノーミスを叩きださなければならない。
「あ!」
「お!?」
「あ~~!! まじかっ!」
「惜しかったな。俺の勝ち」
「気持ち右だった~!」
結果2回ミスったせいでダイキは6台だ。
「お前、景品お菓子ばっかりだな。綿菓子のキーホルダーって、こんなのあったのかよ!」
「だって愛崎さん、甘いの好きってさっき言ってたでしょ。あげます」
「え?」
「さっきちょうど二人で綿菓子食べたし、そのキーホルダーもいいかなって。ついでにもらってください」
たかがお菓子だが、せっかくなら、愛崎が喜びそうなものを取りたかったのだ。
「……さんきゅ。俺、崩す系苦手だから、うれしいよ。はは、でかい箱ばっか。しばらく買わなくていいな」
そう言ってうれしそうに笑う。
「愛崎さんこそ、くま率高くないですか? 好きなんですか?」
よくよく見ると、くま率が高いどころか、全部くまだ。それもすべて茶色でほとんどが無駄にデカい。
「……いや、お前っぽいなと思って……」
「え、俺──?」
一瞬妙な空気が流れるが、愛崎がおもむろにくま7個セットを押し付けてくる。
「交換な。お前、意外と寂しがり屋だし、家にぬいぐるみあったほうがいいだろ」
「……もしかして、愛崎さんも最初から、俺にあげるつもりで?」
「……まあ」
そういって頬をかく。
「……うれしいです。ありがとうございます」
ダイキは一番大きなぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、大きく息を吸う。つい今まで愛崎が持っていたせいか、かすかにタバコの匂いがする。
「いって! なんで叩くんですかっ」
「いや、なんかぞわっとした」
「…………」
さすが勘が鋭い。ダイキは家に持ち帰ってこっそり吸うことに決め、大きなビニール袋にそれをそっとしまった。
「……んじゃ、ゲームに勝った俺の言うこと、聞いてもらおうかな」
「えっち系でお願いします。俺が喜ぶようなやつ」
もちろん冗談だという意味で微笑んでみせる。だが愛崎はそれを受けてにやりと笑う。
「じゃあ、キス」
「…………え?」
ドクンッと体中の血が一気に煮え立つ感覚がする。
「……いんですか?」
冗談だろうかと、固まっていると、愛崎が挑戦的な瞳をダイキに向ける。
「いろいろ試していいんだろ? あ、ただし、お前は何もするなよ。俺から。どんな感じかしてみたい」
「ある意味拷問ッスね……また人気のないとこいきます?」
「ふ。なら、あそことかいんじゃないか?」
そう言って愛崎が指さすのはプリクラ機だ。
「平日だからか、さっきから誰も並んでないし、中を覗かれることもないだろ?」
「大胆……」
「行かねーのか?」
そう言う愛崎は、ひどく楽しそうだ。
「行きますよ!」
先を行く愛崎を追いかけ、ピンクと白ののれんをくぐった瞬間、かるく体を壁に押し付けられ、唇が重なる。
「んっ……」
かさりと合わさった唇が離れ、愛崎の瞳の奥に男らしい欲が灯るのがわかる。
「かがめよ。届かねえ」
「ッ……」
そう囁いたかと思うと耳の下から後頭部を包むように手のひらが差し込まれ、間をあけず、舌で自分の唇を潤しながら、ダイキの唇もなぞり、再び合わせてくる。
「……っ」
湿った唇同士が重なり合い、ちゅっと音を立てては離れ、何度も何かを確認するようにじれったいキスが繰り返される。
(こんな誘うみたいなキス、まじで、拷問っ!)
愛崎の長い指先がダイキの後頭部や襟足をやさしくなぞるせいで、よけい皮膚が粟立ってしまう。
「ッ……ん……」
今すぐキスに応えたいのをダイキは必死に耐える。だが、愛崎がはっと吐息を吐き出し、瞳に炎を灯したまま、唇が触れ合う距離で笑う。
「やばいな。ぜんぜんイケる……ッ!?」
思わずぐっと抱きしめてしまっていた。触れ合った部分が熱くてたまらない。
「お、いっ……」
愛崎が戸惑ったように、ダイキの腕の中で身じろぐ。そのわずかな刺激に、ダイキはテンパってしまう。
「動かないでくださいっ……!」
かすれた声を絞り出すと、その意味するところがわかったのか、愛崎もぐっと身を固くする。だがもう遅い。ダイキの下半身が反応し、愛崎の腰に押し付ける格好になってしまった。
「……っ、んじゃ、はなせっ」
気づいた愛崎の焦った声に、下半身が余計に熱くなる。そうしてあげたいのは山々だが、ダイキも下手に動けない。体を動かそうとすれば、指先に情欲が絡んでしまうのは、火を見るよりもあきらかだ。
「すみませんっ……ちょっと、落ち着くまで、このままっ──」
「無茶、言うなっ……」
湿った吐息がダイキの耳をくすぐる。
「っなにもするなって言われても、あんなキスされたら、俺だって無理ですよっ!」
「……っ」
「愛崎さん……されるほうも、試さなくていいんですか?」
そう言って顎に触れると、思いのほか、濡れた瞳と目が合う。
「──んんっ!」
愛崎の舌は熱く、脳がとろけそうになるほど気持ちがいい。ダイキは我を忘れて彼の舌をむさぼる。
「はっ……もり、やまっ、もういいっ、もう、止ま──んんっ!」
プリクラ機の台に押し付け、反射的に差し込んだ膝頭をぐっと彼の股間に擦りつけてしまう。
「ぁっ! ばかっ、それっ──っ」
肩口を強く押し返さるも、スイッチの入ってしまっているダイキは止まれない。
「だめっ、だって……!」
「ここじゃなきゃいんですか?」
「んっ……」
耳元で囁くと、愛崎の体がふるっとふるえる。
「ねえねえ、このプリでとろうよ!」
ふいに聞こえてくる女の子の声に二人はびくりと体をすくませる。
「え? でも誰か入ってるくね?」
「ほんとじゃん~、男二人? 仲ヨ~」
「てか最新機種あっちだし」
「まじ? いこいこ」
足音が遠のいて行くのを確認して、ようやく二人は息をつく。
「っ……はー……あせったな……」
そう言って微笑む愛崎を見て、ダイキはハッと我に返る。
「す、いませんっ、おれっ……」
待つと決めた矢先にこれだ。ダイキは情けなくて泣きそうになる。だが愛崎は怒るどころか腕を伸ばし、ダイキの頭を自身の胸元に引き寄せていく。
「……わるかった。やりすぎた」
「っつ……う~~抱きたいですっ」
「わるかったって……」
泣きべそをかくダイキを慰めるように頭を撫でていた愛崎が、ふいに腕時計で時間を確認する。
「……あ、わるいついでに、そろそろ解散な。俺、このあと用事あるんだよ」
「はあ!? うそでしょっ! 一日一緒にいられるんじゃないんですか!?」
「わり。言うの忘れてた」
ちらりと舌をのぞかせ、悪びれもせず、プリクラ機ののれんをくぐる。
「ちょ、愛崎さんっ!」
「次も楽しみにしてる」
そう言ってウィンクし、去っていく。
「え、ほんとに!? うそっ……ずるいってえ~っ!」
愛しい男の背中を見送りつつ、ダイキはおさまらない息子を抱えたまま、プリクラ機の中でしばらく身もだえる。
「あんなキス、まじで反則……」
こういうことが苦手と言っていたくせに、あのキスや煽り方は初心者のソレではない。
(経験人数えぐそう~……)
ダイキはしばらく、プリクラ機から出ることができなかった。
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