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九話 不思議なAI
「――来た!」
曲がり角を迫り来る鎧を見付け、由利が叫ぶ。
佐久良と夏目は駆け出して敵を迎え討つ。
刀がぶつかり合う音を聞きながら、いつでもグレアを発動出来るように、そして中型が来ればすぐ気付けるように、由利は意識を集中させながら待つ。
ふと、ビスチェで強化した触覚が振動を感じ取った。
揺れているのは、建物だ。
「下がれ!」
反射的に後退り、佐久良と夏目にも呼び掛ける。
次の瞬間には廃墟の屋根が内側から破られて、先程まで由利が居た地点に見覚えのあるアームが突き出ていた。
佐久良と夏目は自身の周りに緑色の電子バリアを展開し、降り注ぐ破片を撥ね除ける。
グリルのように奥歯に装着した機械を一定以上の力で噛むと、バリアが出現するのだ。
慎重そうな中型は、由利達がここに量産型を追い込んで来ることまで予想して、廃墟に潜んでいたというのか。
「佐久良、由利に付いてやって」
「ああ」
量産型は一人で片付けられると判断し、夏目は佐久良をこちらに寄越した。
夏目がグレアを発動し、引き付けた量産型達を金色の光で包み込む。
動きの止まった量産型達を一息で斬り捨て、地面を残骸で埋め尽くす。
近くで夏目がグレアを使っているならば、その射程に入っていない中型でもカメラアイはジャミングを受けていて何も見えていない筈だ。
屋根の上に並んだ由利と佐久良は、視覚を奪われているせいか覚束ない動作で屋内から屋根の上に這い出ようとしている中型に接近する。
佐久良がグレアを発動し、桜色の光の中で停止した中型に由利が斬り掛かる。
その時、中型はグレアの縛めを打ち破り、隠し持っていた銃を乱射した。
こちらが見えていないため狙いは滅茶苦茶だが、多肢を活かした凄まじい連射速度が張った弾幕が由利に襲い掛かる。
咄嗟にバリアを展開し、由利は無事であった。
すぐ、バリアに突き刺さった弾の形がおかしいことに気付く。
レーザーではなく実弾を用いるというだけでも今時珍しいのに、今放たれた弾は注射器のような形をしているのだ。
疑問を感じたと同時に、注射器の針から十本の枝が勢いよく飛び出した。
十一の先端からは、大量の液体が滴る。
「麻酔銃や! 火薬式の!」
叫びながら由利は飛び退く。
注射器の後ろに火薬が仕込まれていて、爆発の勢いで針の仕掛けが作動、薬が押し出される構造なのだろう。
上手く刺さればエレクトロウェアを貫通しかねない威力だ。
人里に下りて来た猪や熊を眠らせる為の麻酔銃なら普及しているが、空気圧を利用した物が主流で、ここまで高い威力の物は無い。
邪機が手にしているのは、WSOがレジスタンスに使用していた対人麻酔銃を元にして作ったものだろう。
火薬は、動物の糞や人間の死体などを硝石に変えて製造したのだろうと想像は付く。
しかしどちらも邪機が戦場に投入してくるのは初めてだ。
「この俺のグレアが効かへんとは、なかなか高いスペックやな」
佐久良は呟く。
夏目と佐久良のグレアは持続時間が切れ、一旦消滅した。
次にグレアが使えるようになるまでは少し時間が掛かる。
佐久良と、量産型を片付けた夏目は、由利に加勢する。
「邪機は人の命を奪うこと自体を楽しんどるから、手段に拘りなんぞ無い筈やのに……何でわざわざ、当たっても眠らせることしか出来ひん麻酔銃を使うんや?
火薬やって作らなあかんねんから、レーザー銃の方が効率良えやろ」
何発も放たれる注射筒を躱しながら由利は言う。
行動不能に陥った人間を巣に持ち帰って死を眺める邪機は確かに存在する。
噴霧器型はその代表的なタイプだ。
しかしそれは最も効率的な殺し方を考えた結果、巣に持ち帰ることになったというだけのこと。
例えば噴霧器型は水タンクが大きく重いので、刀を持って機敏に動き回ってその場で人間を斬り殺すというのは不得手だ。
カビを撒き散らす方が一度の攻撃で中距離をカバー出来る上に、風向きによっては更に被害を広げられる。
そんな噴霧器型とは違って、中型は力も速さもある。
麻酔銃など用意して回りくどい殺し方をせずとも良い筈だ。
人間が抱える諸問題の解決の計算を任せたところ、人間が死ねば良いという解を導き出し、同時に喜びに値する感情を習得、人間に反旗を翻したAI『アッティス』――邪機の歴史はそこから始まった。
殺人の快楽に目覚めたアッティスは、世界中のAIを同じ悦びに覚醒させ、それ以降AIが新たに生み出したAIにも快楽殺人の性質は生来備わっているものとなった。
しかし所詮はAI。効率を重んじる彼らの行動には遊びが無い。
それ故に思考を予想しやすいのだが、今対峙している中型を遠くから操っているAIは何を考えているのか、さっぱり分からない。
「よし」
声を上げて佐久良は後退し、中型から距離を取る。
由利も攻撃の手を止め、佐久良の隣に並んだ。
夏目が中型を引き付け、発射される注射筒を次々に叩き斬っている間に、佐久良はグレアを発動する。
佐久良のグレアは一度破られた上に、今度は敵をグレアの射程に収めてすらいない。
カメラアイをジャミングされてはいるが、電流には全く影響を受けていない中型は、佐久良を嘲笑うように足を踏み鳴らした。
中型は再び弾幕を張ろうと、蜘蛛の卵嚢のように抱えた格納庫に八本のアームを突っ込んで大量の注射筒を鷲掴む。
その時、桜色の電磁波が一気に増幅して範囲を広げ、輝きを増した。
中型にも電磁波は及び、その電流は完全に停止している。
佐久良の隣では、由利がじっと精神を統一させていた。
しかし彼からはグレアは放たれていない。
由利はダイナミクスをSubに切り替えて、グレアにバフを掛けていた。
バフを掛けることが出来るのはSubだけだ。
バフを掛けることで、グレアの強さと射程は上昇する。
夏目が中型の顎の下に潜り込み、空木白浪で通信機を斬った。
やっと中型は沈黙し、注射筒がばらばらと落ちる。
「ほんま、不思議な敵でしたね」
早速中型の死骸を切り刻みながら夏目は言った。
「佐久良の予感が当たってそうやな」
由利は、道に下りて量産型の死骸を拾い集めている佐久良を横目に見下ろす。
今までとは違った方針のAI、企みの備え――ネオ南都に、何かが起ころうとしている。
中型の死骸を回収し終え、由利と夏目は廃墟の屋根を飛び降り、佐久良と合流した。
「後は切通と御池の方に置いて来た邪機を回収して……軽く狭穂山の上を走ってから帰ろう。
あいつらに殺された人達の胴が見付かるかもしれへん」
佐久良が言う。
人間の屍など拾い集めたところで一銭にもならないが、邪機に殺されていった彼らにも帰りを待っている人が居るかもしれないと思うと、探しもせずに立ち去るのは後味が良くない。
「おう」
「そうしましょう」
邪機の死骸で一杯の箱を抱えながら、三人はバイクの元へ戻って行った。
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