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三十三話 反撃

 その夜、塔に夕食の錠剤を持って来た加賀見に、由利は打ち明けた。 「加賀見。俺は親父の悪事の証拠を集めて、浄世講を潰そ思てる」  加賀見はさほど驚かず、そっか、とだけ呟いた。  予感はしていたのだろう。 「このままあいつを野放しにしとったらあかんと思う。  やから、友達が小路に復讐して浄世講を解体するよう手引きする」  友達が佐久良のことだというのも、加賀見には分かっただろう。  実際由利には友達など佐久良しか居ないのだから、口に出した名前など他には無いのだ。 「お友達とは連携出来てんの?」  加賀見の疑問は当然だった。  由利は幽閉後、二度しか塔を出ていない。  浄世講以外の人々と顔を合わせる機会は、浄世講から清須美園へ移動する短時間のみ、それも馬車の二階で顔を殆ど隠している状態だった。  もし上手く連携が取れないなら、加賀見は情報交換を担ってくれようとしているのだろう。  しかし本当にその必要は無いのだ。 「うん、大丈夫。  二人にしか分からへん合図で、ちゃんと思とることは伝わってる筈や。  後のことも、絶対上手くいく筈」 「……そうか。せやな、由利のことやから、ちゃんと先のことまで考えとるわな。  私も由利を信じるわ」 「加賀見にも頼みたいことがあって……証拠集めに協力してくれそうな幹部クラスの人間が仲間に欲しいねん。  そういう人が居ったら協力を取り付けてきて欲しい。  危ないことさせて悪いけど」  由利に言われて、加賀見は暫く心当たりを考えた後、一人の名前を挙げた。 「水間夏目とか、どうやろ……。  知っとるかもやけど、夏目さんのお父さんは五月七日の頃からの構成員やねん」  確かに水間という名なら五月七日が呼んでいるのを何度か聞いた記憶がある。 「夏目さんはDomやったから、新人類の息子が居ると昇進に不利やと思ったお父さんが、夏目さんを親戚に預けてこっそり育てたんやって。  最近になって新人類優遇の風潮が始まってから父子やって公表しはって、夏目さんはすぐにお父さん直属の上級幹部として小路の側に出入りするようになってん。  腕が立つ代わりに態度は悪い、やけどDomやからあんまり酷い教育プログラムに送る訳にも、粛清する訳にもいかへんっていう、小路からしたら扱いづらい人や。 育ててくれた人は親戚やから、浄世講で一緒に住む義理があらへんくて人質として機能せえへんし、父子仲が悪いから、親父がどうなっても知らんぞみたいな脅しも効果あらへん。  それを良えことにやりたい放題で、佐久良くんのご両親の件で小路に諫言したけどお咎め無しやったのは有名な話やねん」  夏目も佐久良の両親の件には反感を抱いた一人なのだ。  この時勢で小路に諫言出来るとは、いくら環境が味方しているとはいえ相当な度胸の持ち主であることは確かだろう。  夏目なら、小路の悪事を掴むのに協力してくれるかもしれない。 「うん、ほな夏目に頼んでみてほしい。  加賀見も、何か気付いたことがあったら教えて。この際やから俺も隠しとったことを言うとく」  今までは加賀見に無用な気を遣わせて彼女を危険に巻き込むまいと黙っていたことだったが、由利が小路と対立し内部から体制を崩壊させることを決意した以上、その心配は無いだろう。 「俺は、病に罹ってはない」 「え……やったら何でここに」  加賀見の表情が、かつてなく険しいものになる。 「分からへん。俺は改革が終わるまで隠れとってくれって小路に言われて塔に入った後、母方の一族……泥家が五月七日を殺したせいで立場がまずくなったから外に出られへんくなったって説明されてここに居る。  病気云々は外への一時的な説明やと思てたけど、結局小路はこないして二年近く俺を閉じ込めとる。  このこと、何かのヒントにならんかな」 「うん……それやったら私からも、これ言うとこかな」  前置きしてから、加賀見も由利の知らなかったことを話し始めた。 「実は私、御守り役に就く時に小路から、由利が新人類やってことは口外せえへんよう言われたんや。  それって、幽閉されてることと何か関係あるかな」  二人は向かい合って考え込む。  それぞれは些細なことだが、並べてみると矛盾や違和感が湧き上がる。 「やったら俺は、小路と加賀見以外の人にはまだUsualやって思われとるん?」 「そうなるな。  私も、ずっとUsualやと思ってた由利がSubやったことには驚いたけど、やからって由利は由利や。  何か変わる訳でもない。  せやから由利にごちゃごちゃ訊く気もあらへんかったし、小路の命令にも何か事情があるんやと疑わんかった」 「俺が新人類に変化したのは後天的なもんやねん。  丁度、塔に入ることになったあの日……強いDomと出会って素質が引き出された。  やから小路は、俺が有りのまま居られるように周りを良い方に変えて行くって言うとった。  その後すぐ己波が事件を起こしたせいで当主になってあのザマや」 「そうか……小路は優しさとか正義感を暴走させてしまったんかな。  決して由利のことが嫌いになったとかやなくて……」  生来心優しい加賀見は悲しげに俯いてしまう。  しかし由利には、そんな単純な話とは思えなかった。 「それやとまだ、俺を病人として幽閉しとる理由の説明は付いてへん。  俺が新人類になったのが切っ掛けで考えを改めて新人類優遇に乗り出したって、そんなに公表したくないことか?」  由利の疑問を受けて再び考え直した加賀見は、一点を見つめながら呟く。 「由利の為に新人類差別を解消する言うて始まったことやのに、小路が嘘の発表しとるせいで、あいつの行いは世間からは『由利の為』には見えてない……」  そして由利は、ある一つの結論に辿り着く。 「新人類を優遇しとるのは私情やのうて皆の為やってことにしたい、とか?」 「それなら説明は付く。  由利が新人類に覚醒したのを切っ掛けに、小路は自分がネオ南都を変える名君になる方法を思い付いた。  皆の英雄になる為には、身内の存在は邪魔やった」  何かと父親に無能扱いされ、当主として相応しくないとの烙印を押されていた小路。  そんな彼が縋ったのは、王者のような風格と統率力、武力で少数精鋭を従える五月七日とは異なるリーダー像――弱者に手を差し伸べる人道的な救世主としての自己だったのかもしれない。  新人類に変化した息子を見て思い浮かんだ狂気の計画。  しかしそれは『人々を想って小路が自発的に』考え出したものでなくては、無私の救世主としての在り方を損なう。  だから彼は由利について虚偽の発表をした。  もう一つ、由利は閃く。 「やとしたら己波が五月七日を殺したのは小路にとっては幸運やな。  タイミング良すぎて、己波と共犯やったんちゃうかって思うくらいや」 「ほんで、口封じついでに己波さんだけに責任擦り付けたとか? 有り得るかも」 「うん。その辺りの疑いも、夏目が証拠掴んでくれたら良えねんけど」  その数日後の夜、塔に上って来た加賀見は、由利を窓辺に立たせた。 「見てみ」  言われるがまま小窓から外を覗く。  浄世講の外周を囲む塀と電子バリアのすぐ側の倉庫の屋根に、加賀見と同い年くらいの男が腰掛けていた。  涼やかな顔立ちは、取っ付きにくい澄ました表情をしている。  長い黒髪の一部は傾けた唐輪に結ってあり、空木の花飾りを挿している。  サイドバングに蛍光色のカラーリングを施してボーダー柄を描いており、邪機避けのネオンを浴びるとますます輝きが際立つ。  素肌に片籠手型のエレクトロウェアを着ていて、ロングブーツの高い踵の中にもクリアパーツ越しにぎっしりと機械が詰まっているのが見える。  Domということもあり電気には耐性が高いようで上等な装備だ。  そして片肌脱ぎの着物には、浄世講の証である腕章と打刀が伴っていた。 「夏目、協力してくれるって」  加賀見と由利が頭を下げると、少年――夏目も目礼した。  長居は出来ないらしく、夏目は軽々と倉庫から飛び降りると早々に去ってしまう。 「絶対に勝てるで、由利」  予知じみた力強さで、加賀見が呟いた。

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