37 / 76
三十六話 清けし雪村
由利と佐久良が数えで十四歳になった春。
浄世講は莫大な資産を投じてレールガン搭載戦闘車『平蜘蛛』を製造している最中であった。
灯籠遺跡の交戦で敗走する羽目になった佐久良は、忌々しい浄世講から送られてくる食物を割り切って血肉とし、身体を鍛えて鉄扇を振るい、更には自分の運命を狂わせたグレアの修練をも積んでいた。
成長痛で眠れない夜は、両親が作ってくれた架子床を抜け出し、三階から窓の外を眺めた。
青白く輝く浄世講、鎮守の森、ロトス。
Usualに叩かれて追われた道。
Usualから物を貢がれそうになった路地。
両親や由利との思い出話を塗り潰す勢いで、ネオ南都には苦しみが溢れていく。
それを焼き付けて小路への殺意を燃え上がらせ、脳に痛みを忘れさせた。
由利に出来ることは相変わらず、耐え忍ぶことだけであった。
ただ加賀見を通じて、夏目が何やら科学実験をしているという話は伝わってきていた。
邪機の活動が活発な夜。
久遠や夏目といった能力の高い戦闘員は各地に出払っており、それ以外の人員は壁の向こうから輸入した物資を浄世講に運び入れていた。
その中に加賀見の姿もあった。
レールガンを保管している格納庫に、三トン半の大型トラックから下ろされた積荷を一つずつ手作業で運び入れる。
電流耐性が低い加賀見が身に着けられるエレクトロウェアは、心肺強化のボディスーツと、刀を取り落とさないよう右手に嵌めたパワーグローブという、身を守る最低限のものだ。
全身を強化するパワードスーツでも着ていればこの重労働も楽に熟せたのに、と加賀見は秘かに溜め息を吐く。
しかしコンテナボックスに小さな藤の花弁が付いているのを見付けると、その顔は微笑を浮かべた。
由利に持って行ってあげようと花弁をメモ帳に挟み込む。
その時、連なるトラックの方から複数の悲鳴が聞こえた。
車体の底面に邪機が張り付いていたらしく、騒ぎが巻き起こる。
レールガンの材料には当然、金属が多く用いられている。
それらを搬入するために門の金属探知警報を切っていたのがまずかったらしい。
どこにそんな数が潜んでいたのだという程の、ザトウムシに似た形をした邪機の大群がトラックの下から溢れ出て来る。
浄世講に来てしまったのは邪機にとっても不本意だったらしく、脚の一本で屑鉄の刀を構えると、周囲の機械へパニック気味に襲い掛かった。
灯りや警報機は勿論、エレクトロウェアやレールガンにも飛び付いてくる。
大群は辺りの機械類を覆い尽くし、溢れた邪機はあちこちへ散って行く。
「レールガンを守れ!」
小路の命令が響くが、加賀見だけは従わず、格納庫から離れて行こうと駆け出した。
その腕を周りの者が掴む。
「逃げるな小娘!」
捕らえられた加賀見は、小路の前まで引き摺り出された。
草食動物のように優しげな瞳が加賀見を見下ろしてくる――この娘はUsualだから何をしても良い、と考えている目だ。
小路が口を開く前に加賀見は叫ぶ。
「邪機が塔の方へ行きました!
由利様が危ないんです!」
それを聞き、加賀見を取り押さえていた二人は思わず手を離した。
しかし小路は不思議そうに顔を顰める。
「いくら小型の邪機とはいえ、あの塔にこんなもんが入る隙はあらへん」
「いいえ、この邪機は多分、変形しよるんです。
今は血を吸ったダニみたいに丸くなってるけど、元々は小さくなって二、三匹の親機の中に皆で隠れてたんや思います。
せやないと、こんな何十匹もトラックの下に張り付いとるのを誰も気付かへんかったなんて不自然やないですか。
小さくなったら塔の通気窓から入れるかもしれません」
通気窓といってもただ穴が開いているだけで、扉は付いていない。
枷で繋がれ、武器を持たず、エレクトロウェアも剥奪された由利は危険に晒されている。
塔のセキュリティや由利の電子枷は機械仕掛けではあるが、装置は全て壁の奥深くに埋まっているので、邪機が本能的恐怖を感じることなく侵入して由利を殺そうとするというのは十分に考えられた。
返事に詰まっている小路を説き伏せる時間は無い。
加賀見は単身、塔へと向かった。
塔の外壁には案の定、三体もの邪機が上って来ていた。
加賀見の予想通り、機体をコンパクトに折り畳むと通気窓を易々と潜り抜けて行く。
腰に差した、父の最高傑作である打刀――清けし雪村を抜き、警報が鳴るのも気にせず塔を上る。
中では丁度侵入してきた邪機から由利が逃げ惑っているところであった。
塔自体の鍵は世話役である加賀見も持っているが、由利の足を縛っている枷の制御装置は小路の手にある。
由利の脇腹すれすれに繰り出された突きが壁に当たり、火花を散らす。
由利の正面に立つ邪機の脚を、加賀見が背後から斬り付ける。
斬られた一体はバランスを崩して倒れるが、残り二体は素早く加賀見に振り向いた。
エレクトロウェアを攻撃しようと迫って来る邪機を、由利から離れてくれるならそれで良いと引き付けつつ迎え撃つ。
「由利!」
加賀見はベルトから鞘を外すと、由利へと放り投げた。
鞘を受け取った由利は、倒れた邪機が脚を溶接し直す前にその通信機を鞘で何度も突き、どうにか破壊する。
その間にも加賀見は邪機二体と乱戦を繰り広げ、どんどん傷ついていく。
エレクトロウェアは配線やバッテリーにダメージが重なり電流が停止してしまう。
ワンピースのポケットからはメモ帳が転げ落ち、服のデザイン画が描かれたページを上に向けていた。
由利が握り締めた鞘で邪機を背後から殴り付けた。
しかし邪機は素早く電子の鎖を掴んで振り回し、由利を壁に叩き付ける。
頭を強く打ち、由利は意識を失いかける。
鎖を掴んでいる邪機に滑り込むようにして一気に間合いを詰めた加賀見は、太刀筋こそ荒いものの全体重を乗せた強烈な打撃を喰らわせる。
邪機は振り翳した刀で清けし雪村を受け止めることには成功したものの、命すら惜しまぬ加賀見にあっさりと圧し返され、自らの刀が通信機にめり込み停止した。
その隙に、最後の一体が由利に飛び掛かっていた。
加賀見のエレクトロウェアは停止してしまい、AIの支配下に無い機械を恐れる必要の無い邪機は、近くに居た人間を真っ直ぐ狙う。
「お前の敵はこっちや!」
加賀見の鋭い声が響く。
朦朧とする意識の中、由利が見たものは、邪機の脚を掴んで引き止める加賀見だった。
加賀見に標的を移した邪機の斬撃と、至近距離から繰り出される清けし雪村の刺突が交差する。
邪機の通信機が砕けると同時に、加賀見の首には深々と一文字の傷が刻まれていた。
「か……がみ……」
血を流して倒れた加賀見に向かって、由利は這いずって行く。
加賀見は微笑みながら、清けし雪村を差し出した。
「清けし雪村……父ちゃんの最高傑作は、由利が使って」
「そんな……加賀見! 加賀見ぃ!」
声が外に届けば医療班が助けに来てくれるのではないかという淡い期待も働き、由利は必死に名を叫ぶ。
しかし運命を悟った加賀見はどこまでも冷静で、二番目に破壊した邪機の死骸を手繰り寄せると、その機体にめり込んでぼろぼろになった屑鉄の刀を抜き取り、血塗れの右手に握り締める。
「私はこれを持って行く。
小路達に刀の目利きなんぞ出来ひんやろうから……あいつらはこれを清けし雪村と勘違いして回収しよる筈や」
「……分かった……俺は絶対に浄世講を潰す……こんな時代、終わらせて見せる!」
腕に縋りついて止めどなく涙を流す由利の耳に、祝福のような言葉が届く。
「由利は絶対……自由になれるで」
そうして塔の中は静まり返った。
小窓から吹き込んだ風がメモ帳のページを捲り、挟まっていた藤の花弁を舞い上げる。
遠い剣戟の音や悲鳴が、格納庫の方から流れてきた。
ともだちにシェアしよう!

