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三十七話 再会
加賀見の言う通り、由利は清けし雪村を衣類の山に隠しておいた。
加賀見の遺体と彼女が握り締めていた偽の『清けし雪村』、邪機の死骸は久遠をはじめとする上級幹部が、塔の外から小路の監視を受けながら回収して行った。
これだけ酷く割れて刃毀れすれば名刀の輝きも失われるだろうと思ったようで、更に鞘が傍らにあったことや、今回の邪機の全てが刀を持っていた訳ではなかったことが手伝って、久遠は疑うことなく屑鉄を清けし雪村として持ち去った。
加賀見の後任の世話役は夏目となった。
「夏目が世話役ぅ?」
新任の世話役を見た折の由利の第一声は怪訝そうなものであった。
負けず劣らずの不愛想な態度で、夏目は由利を睨み返す。
「不満か? 小路を倒すのに都合が良えかと思て志願してきたったんやぞ」
「それは分かるけど、よう話が通ったな。
夏目は腕が立つんやろ?
やのに前線から裏方に配置変えてもらえるなんて」
「仮病使たんや」
「けびょう?」
「病気の振りしてる」
「そうか」
夏目の立場と態度なら、万が一仮病が発覚しても、サボり目的だと言えば皆が納得するだろう。
何かあっても共謀を隠し通すのは簡単だと由利は思った。
「ほな夏目、早速頼みがあるんやけど」
由利は隠し持っていた物を差し出す。
それは加賀見のメモ帳だった。
「これは加賀見の形見や。
加賀見のお父さんに返したって。
それから」
言いながら由利は衣類の山を崩した。
中からは抜き身の打刀が現れる。
夏目はその輝きを目にして息を呑んだ。
「清けし雪村? 何でここに」
「死に際に加賀見が託してくれた」
「加賀見は塔で死んだっちゅうんか」
「当たり前やろ。
何や――まさか、遺体を持って行った奴らが何か隠しとるんか」
話の食い違いに二人は気付く。
夏目は知っていることを話しだした。
「加賀見含む三十一人……昨日の騒ぎでの死者は皆、格納庫で戦死って発表された筈やのに。
加賀見一人だけがここに、小路を離れて?」
「うん」
「いや、そもそも昨晩の邪機はどっから塔に入って来たんや」
「窓からやけど」
「俺も一応死骸を見してもろたけど、あの窓を潜り抜けられるサイズには見えんかったで」
「変形して細くなって入って来よったんや」
由利が証言すると、ああ、と呟きながら夏目は蛍光色の横髪を一撫でした。
「これは推測やけど、加賀見だけは邪機が変形しよる可能性に気付いて、由利を助けに来てくれたんやろう。
恐らく小路の制止を振り切って。
結果的に加賀見さんの予測は的中したけど、それやと小路が面子を保たれへんくなる。
せやから当事者の殆どが死んでしもて目撃者も消えたのを良えことに、加賀見の最期について隠蔽しよったんや」
「――胸糞悪いやっちゃ」
由利の顔は怒りで曇る。
その肩に夏目が手を置いた。
「いずれ由利が自由になった時に、清けし雪村を皆に見したれ。
加賀見さんが由利を守ってくれたって真実を何よりも伝えてくれるのは、そいつが由利の手元にある事実や」
「うん。加賀見のお父さんにこれも伝えといてほしい。
清けし雪村は、小路を倒すために加賀見が預けてくれた。
その時まで貸しといてって」
「分かった」
「ほんで夏目は、戦いの練習を手伝え」
由利が命じると、夏目は不敵に笑った。
「言われんでも教えたるつもりやった」
それから由利の更なる鍛錬の日々が始まった。
素振りで刀の重さに慣れ、夏目に姿勢を見てもらい、床が削れる程繰り返した。
幸いにも由利の構えは『癖が無いのが癖』と夏目が評する程に歪み無いものであり、それにより太刀筋も思うがままに美しい線を描いていく。
天賦の才を持っていると言って良かった。
夏目から浄世講の兵士達の様子を聞くうちに、由利はかつて加賀見と話していた『誰でも強くなれる方法』に近いものを思い付き始めていた。
様々な状況を想定し、それに対応する最適な型を作る。
型を身体に覚え込ませ、手本と比較することで浮かび上がる悪癖を矯正する。
出来上がった型は整理し体系化し、継承しやすくする。それが由利の考えだった。
誰よりも何よりも強くなってやる。
穏やかな少女だった加賀見は、練度より数に頼る小路の戦い方によって戦場へ立たされ、戦う術を学ぶ機会さえ無く死んでいった。
彼女を殺したのは自然の摂理である邪機ではなく、人間の歴史そのもの。
こんな悲劇を二度と見たくない。
自身や大切な人を守り抜く確率を上げる為に、この目標は人生を賭けて成し遂げなくてはならない。
決して立ち止まることなく、走り続けなくては。
由利と離れた所で、天賦の才も指南役も無いが、努力一つで佐久良も着実に強くなっていた。
翌年、佐久良は再び灯籠遺跡に侵入し、蜥蜴型のロボットとあの鳥居の前で戦うこととなった。
訓練で覚え込んだ姿勢を保ち、一つ一つ攻撃を躱しては隙を衝いて接近していく。
前回は後退してばかりだったが、今度は邪機を鳥居の下までじりじりと追い込んでいた。
ただ、邪機は疲労を知らない。
早めに片を付けなくてはこちらが負ける。
不意に佐久良は立ち止まった。
好機とばかりに顎を開いて飛び掛かって来る邪機を躱し、巨躯の側面を取る。
失敗したら、などと考えてはならない。
敵の間近に立ちながら心を無にする。
見えるのは遺跡の暗闇ではなく、塔だ。
その塔は佐久良自身。
地から天へ塔を駆け上がり、星を目指す。
佐久良が地脈を読み取るのに最適なイメージがそれであった。
鍛えたグレアを実戦で使うのは初めてだったが、桜色の光はかつてなく強く輝く。
停止した邪機の尻尾の付け根にある通信機に鉄扇を投げると、鉄扇は通信機を貫いて砕いた。
「――やった」
グレアを解除し、初めて倒した邪機の死骸を見上げる。
目的を達成して感激の余り呆けそうになったが、油断してはならない。
邪機の両前足を斬って抱えると帰路を急いだ。
残った死骸は他の邪機が持ち去って、新しい邪機の材料にするだろう。
頭から汗を流しながら由利は清けし雪村を一心不乱に振るう。
「由利、ご飯やで」
塔に入って来た夏目が声を掛けたことで、由利はやっと刀を置いて汗を拭いた。
「もうそんな時間か」
日没時間がどんどん遅くなる季節だ。
感覚狂うわ、と呟きながら夏目から受け取った錠剤と水を飲み干す。
「伝説のレジスタンスの子孫がディストピア飯食わされとるとは、皮肉やな」
「ケリックスもくたばる陰で泣いとるわ」
「……草葉の陰か?」
一年間毎日顔を突き合わせているうちに、由利と夏目は兄弟のような関係になっていった。
姉のように慕った加賀見の後任が、小路に傾倒した部下ではなく夏目だったのは救いであった。
暫く床に座り込んで、大したことのない話を二つ三つ交わしていたが、そのうち夏目は真剣な表情で切り出した。
「実は私が秘密裏に行ってた実験の結果が出てな」
「せや。何の実験しとったんか教えてくれへんと」
「まあ要約すると、新人類の発生原因がロトスの流した毒とかいうのは事実やない」
そして夏目は訊ねてくる。
「まず、モートコーポレーションのことは知っとるよな」
「ああ。二〇〇年くらい前、世界の人口が増えすぎて食糧不足になった時、作物の生長速度を倍にする農薬を作って問題を解決したメガコーポや」
その程度の歴史ならば、五月七日に教えてもらって知っている。
現代では食物は研究所で培養するものだが、二〇〇年前のバイオテクノロジーでは培養は不可能で、農地に種子を撒き作物を作る必要があった。
だからこそ皆がこぞってモートコーポレーションの農薬を使った。
「せや。やけどその農薬は罠やった」
「知ってる。
一ぺん撒いたら土壌は汚染されて、不毛の地になる。
ただしモートコーポレーションが販売する種子だけは汚染をものともせず育った。
マッチポンプでボロ儲けや。
まあその後すぐ食べ物は培養するのが当たり前になって倒産したけど」
「ほんでモートコーポレーションが原因の地質汚染は、自然の循環によって水へ大気へ広がった。
ここまでが前提。
私は実験でモートコーポレーションの農薬を再現し、加速実験で劣化させてみた。
すると農薬の成分は変質して、未知の無毒な物質になった。
小路はそれをロトスが流した毒や言うとる」
「そうか。よう調べてくれた」
由利は素直に夏目を讃えたが、夏目は表情を曇らせて眉間を揉む。
「これだけでは小路を引き摺り下ろす決定打にはならへんと思うで。
確かにこの発表をしたことで、より新人類の立場が強くなったのは事実やから、小路がデータ改竄する理由はある。
でもミスやって言い張られたらそれまでやし」
「そうか?
決定打にはならんくても、公表したら心証悪くして小路の味方を削ぐには十分な情報や」
由利は塔の外を見遣り、眉を掻く。
謀を巡らす少年が人目を忍んで共謀者に会いに来るには、空はまだ明るすぎる。
きっと由利はネオ南都の中で最も夜を待ち望んでいる。
何も怖くはない。
刻一刻と自由へ向かって突き進んでいるという自信しか無かった。
数日後、その時は来た。
夜中、由利が湯浴みの後に髪を梳っていると、何やら透き通った心地良い音が耳を掠めた。
「――由利」
「……佐久良?」
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