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三十八話 見えた真相
勢いよく立ち上がり小窓へ駆け寄る。
鵲が舞う星空の下、地面に垂直に張り巡らされた蒼白いバリアに機械製のブーツの爪先を引っ掛け、小窓と同じ高さまで上ってきた佐久良と目が合った。
今度ばかりは、浄世講の人手不足がこちらに有利に働いた。
川を背にした南側まで警備の目は無いし、四六時中チェックする人員を置くのを惜しんで監視カメラも設置されていない。
ただバリアを通過した金属類に対して警報が鳴るだけなので、見付かる心配はせずとも良い。
佐久良の方から由利の身体は見えていないだろうが、由利の瞳には佐久良の全体像が映っていた。
儚げな少年だった彼は、人形のように繊細な面差しはそのまま、凛とした美青年に育っている。
「ごめん、由利……あの時俺は、由利を」
佐久良の声が震えている。
顔は沈痛に曇るばかりで、激動の少年期は彼から涙も奪い去ったようだった。
「ううん。佐久良は考えて踏み止まった。
ほんでここまで来てくれた。さすが俺の友達や」
そう言って由利は、赤い髪をそっと窓の外に垂らした。
それでも佐久良の表情が晴れることはなく、二人はそのまま話し続ける。
「小路を暗殺する――それで良えよな」
「うん。由利や他の人達は俺が助命する。
それが出来る立場に居るのは多分、俺だけやから」
互いの思考は、示し合わせる必要も無く通じ合っていた。
「あとやるべきことは、小路の誰もが納得するような悪事の証拠を纏めて暗殺を決行するだけやねんけど……協力者は少ないし、小路本人はともかく周りにそこそこ優秀なブレーンが付いとるし、難航しとるんや。
済まんけど、今すぐ決行ちゅうわけにはいかんな」
「そのことやけど……そもそも小路は何であんな方針を取るんや?
権力を握るなり、今まで興味が無かった問題に強引に首突っ込んで荒らして」
佐久良が言うと、由利は以前に加賀見と導き出した答えを佐久良に伝える。
「小路は元々、五月七日からは無能やとか当主に相応しくないとか言われとった。
やけど発表があった通り己波が五月七日を殺して御鉢が廻ってきたことで、拗らしてたもんを爆発させたんやと思う。
五月七日とは違うタイプの名君になる為に、大して興味無かった新人類差別に目え付けて一連のとち狂った改革を進めてきた。
そう考えた根拠やったらある。
佐久良、グレアを使てくれるか」
由利の不可解な頼みにも、何か考えがあるのだろうと信じて疑わずグレアを放出してくれた。
桜色の光の範囲に入りつつも微動だにせず立っている由利に、佐久良は察しが付いたようだった。
「初めて会うた時は、由利のことUsualやと思ってた……」
Usualであれば、グレアを浴びて眩暈で倒れるなりよろめくなりしている筈だ。
「そん時は自分でもUsualや思てた。
やけど強力なDom――多分佐久良に会うた影響で眠ってたSubの因子が目覚めたんや。
そもそも俺は病気やない。
新人類に変化してすぐ塔に閉じ込められた。
小路の思惑なら大体想像付いとる。
あいつが皆の為の英雄になるには、身内の俺が新人類っちゅう事実は邪魔なんや」
「それってほんまやろか」
今度は佐久良が見た小路のことを話してくれる。
「一度、浄世講で働きたい言うて、敷地の真ん中のいっちゃん大きい建物で小路と面会したことがある。
俺を見た小路は、報復を恐れとるみたいに怯えてた。
平静を装ってたけど、明らかやった」
佐久良の言わんとしていることに由利も気付いた。
驚きを含んだ明瞭な声が口を衝く。
「ほんまにいかれた英雄気取りやったら、自分は正しいことをしとるって信じとる訳やから、報復を恐れたりせえへん!
小路は、このやり方が悪どいもんやってことを客観視出来とる!
そうすると、一連の行動が名君として君臨する為のものっていう今の前提は崩れる」
「うん。
ついでに、新人類発生の原因がロトスやってのも、俺は疑っとる。
もしロトスがさすらいの地に攻撃するつもりやったら、グレアやらバフやらの戦闘向きな能力を与えてくるのは不自然やと思う」
「その件やったら、夏目――俺の世話役が実験で嘘を暴いてくれた」
「長髪をよく三つ編みにしてる女の人?」
花見の行列で彼女を見掛けていたのだろう、佐久良が口にしたのは加賀見の特徴であった。
間を置かず、由利は淡々と答える。
「その人は夏目やなくて加賀見。
加賀見は俺を庇って死んだ」
「そっか……ごめん」
「構へん。それより今は実験結果の話しや。
小路がロトスの撒いた毒やって発表した物質は大昔に土壌を汚染した農薬が変質したものでしかない。
しかも変質後は無害やから、人の遺伝子を変異させる効果も無いやろう」
「やったら新人類が現れたほんまの原因って?」
「それは知らん」
小路に比べればどうでもいいことなので、佐久良もそれ以上追求するつもりは無いらしく、話は流れる。
「小路の行動一つ一つは明らかにおかしい。
やのに、それを上手く繋ぎ合わせて目的を暴くにはほんの少し届かへんな」
悔しげな佐久良を励ますように、由利はそっと言葉を掛ける。
「夏目にも相談して、もうちょっと色んな角度から探ってみる。
今夜だけでもだいぶ前進した。
次に会う時にはきっと決行の日取りでも決めとる筈や」
まだ復讐は終わっていない。
二人は再会を喜び合うこともせず、情報交換のみをして別れた。
次の日、朝食を運んできた夏目に、由利は早速昨晩のことを話した。
小路の目的について、振出しに戻って一から考え直すことになる。
夏目は由利が幽閉されてからの出来事を繰り返し質問してきた。
そして何回目かの、小路の初演説に関する下りで、夏目はハッとした表情をする。
「五月七日は、病になった由利を廃嫡した……それは当然、嘘の発表や。
やったら、由利が新人類ってことを知った五月七日は実際にはどう対応してた?」
「あの時……五月七日が血振りしたのが掛かってバスルームに移動したから、大人達の会話を聞いてへんねん。
今考えれば厄介払いされてたんやな。
五月七日は新人類に差別的やったから、勿論俺を廃嫡するつもりやったやろうな。
そういう、俺にとって都合が悪そうな話をしたかったから、その場を追い出したんやろうし」
「由利を廃嫡したら、五月七日の次に浄世講を継ぐのは誰やと思う?」
妙な質問をされて、訝しがりつつも由利は述べる。
「俺は五月七日の『次の次』やぞ。
俺がどうなろうと二代目は小路やし、三代目かて弟か妹が産まれればそいつが、産まれんかったら親戚を養子にするなりして――」
言いかけてから気付く。
違う。
物事は由利が頭で考えている程単純ではない。
歴史には人間の感情が、思惑が介在しているのだ。
「五月七日は俺に期待してた。
小路を二代目にしようとしてたのは、ばあちゃんに強く頼まれてたし、俺の為に世襲の慣習を作っておきたかったからや。
小路に期待は出来ひん。
新人類の発現には遺伝も関係してるから、下の子が産まれたところでまた新人類やったら俺と同じ轍を踏むだけ。
つまり俺が新人類になった瞬間から、五月七日にとって小路を二代目にする理由は無くなった」
由利が導き出した答えに、夏目はそっと頷いた。
由利が病であるという嘘の発表をすることで生じた、人々の認識と真実のずれ。
それは他でもなく、五月七日が小路を見棄てようとしていたか否かという点にあるのだ。
今まで、全ての起点は小路が当主になった時だと思っていた。
彼は権力を手にしたと同時か少し後に、新人類と化した由利の存在にヒントを得て名君になる為の陰謀を抱いてしまった、由利を塔に押し込めた時点ではまだ本気で由利のことを案じて行動していたのだろう、と。
しかし違った。
全ては由利が新人類になった瞬間から始まっていた。
「当主の立場を下ろされたくないって、世襲にしがみつきたいって、それだけのことであいつはここまで残酷なことが出来たんか?
そんなものの為に、加賀見も佐久良の両親も……」
まだ可能性の話に過ぎないが、限りなく真実に近付いている気がする。小路を追い詰めつつあると確信していた。
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