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三十九話 作戦

 由利が清けし雪村を手入れしていた時、寒々と鼻腔を刺す秋風に乗り、倉庫の辺りで駄弁る兵士達の声が微かに吹き込んできた。  その中に自分の名を聞いた気がして、由利は窓辺に寄って聞き耳を立てる。 「由利様は旧人類やけど、昔から新人類に優しくしてくれたからな。  掛け合わせられる女も安心出来るやろ」 「ああ。小路様に導かれて悔い改めた旧人類を急に信用するのは難しいけど、由利様は名誉新人類みたいなもんやからな」  彼らは小路の台頭後に雇われた新人類のようだった。  勝手に名誉新人類などという訳の分からない称号を与えられて種族間のバランスゲームに使われているのは気分の良いものではないが、それは一旦置いておき、断片的なワードから話の内容を組み立てる。  どうやら由利は新人類の女との間に子を生さなくてはならないらしい。  そんなことを決められるのは小路しか居ない。また妙なことを始めたな、と呆れてしまう。 「やけど、娘を由利様にあげたいとは思わへんなあ……そら命令されたら、種族間の平等の為に差し出すつもりやけど」  話が予想外の方向に転がって行ったので、再び耳を聳てる。  先程まではいかにも真面目そうだった彼らの口振りは、冷笑を含んだものに変わっていた。 「分かるわ。気い強くて可愛げ無いし、花見の時に遠目で見た感じ成長期やのに肉付き悪いし。  ほんまに魅力無いよな」 「旧人類同士ならそれでも貰い手は付くかもしれんけど、新人類――特にDomが由利様を宛がわれることになったら悲惨やで。  縛っても叩いても楽しくないやろ」  その時、由利の頭の片隅にある言葉が浮かんでくる。 『頭が切れて、見てて飽きひん面の相手と結婚すんねんから』  紛れもない、由利自身が語った夢だ。  すっかり忘れていたが、そんな未来を想い描いていたこともあった。  自分の生きる意味は、戦い方を体系化すること。  結婚なんてものは二の次だ。  偶然良い相手に巡り合ったなら或いは、程度の憧れは僅かに残っているが、兵士が言う通り魅力の無い自分には起こり得ないだろう。  音も無く窓辺を離れ、清けし雪村の元へと戻って行った。 「なあ、俺子ども産まなあかんの」  夕刻、夏目が塔に入って来るなり由利は訊ねる。  新調した掃除用具を抱えた夏目は、多少の訂正をしつつも首肯する。 「小路が由利に宛がう女性を、新人類の中から探しとるって、私も今日小耳に挟んだところや。  さすらいの地のバイオテクノロジーでは雄を妊娠させるのは難しくて危険が伴うから、産むのは相手の方やと思うけど……」 「それも何かの企みやろか」 「さあ。噂では、公には旧人類とされてる由利を新人類と一緒にさせることで平和の象徴にする狙いがあるって言われとるな。  それもほんまやろうけど、より実用的な理由としてはSub男性の生殖に一番都合良えのがDom女性やからそれを連れて来たいってだけとちゃうかな」 「ふうん」  この先起きるであろう出来事を予想しようと考え込む由利に、夏目は掃除を始めながらごくさりげなく話しかける。 「こんな時くらい泣いたって良えんちゃう」 「何で?」  由利は、心底訳が分からない、といった調子で返事した。  瞼を引き攣らせながら、夏目は思わず振り向く。  迫る闇の中、落日の残滓を受けて少年の双眸は冷え冷えと輝いている。  どこか邪機のコアに似た光だった。 「何でって……前に加賀見から聞いたで。  頭と顔が良い人と『結婚』するんやろ?   夢が一個、小路に潰されそうになっとんねんで」 「構へん。強くなることに比べたらそんなもんどうでもええから」  由利は雑巾を手に取り、水を含ませるために風呂場へ向かう。  突如、夏目はハッと息を呑むと由利の肩を掴んだ。 「由利、作戦を思い付いた。上手くいけば小路から自白を引き出せる」 「ほんまか!?」  雑巾を放り投げ、由利は夏目を見上げた。  頷く夏目は笑みを堪えきれずにいる。 「今までの推察を突き詰めると、小路が滅茶苦茶やり始めた動機、最も触れられたくない部分は家族関係にある。  由利は小路に御家騒動を吹っ掛けられる唯一の立場や。  分かるやろ……」  町中に設置されたモニターが、いつもの如く小路を映している。  いつもは哀しげに旧人類の罪業と新人類の権利を訴える彼だが、今日は穏やかな微笑みをカメラへ、その先の民衆へと向けていた。 『由利と新人類の交配は、必ずや両種族間の友愛を象徴する歴史的な慶事となるでしょう。  かねてより新人類に友好的であった由利であれば、旧人類が新人類に接する際の良いロールモデルとなる筈です。  更なる平等を目指し、共に歩んでいきましょう』  両親の使っていた家具がそのままになっている二階の和室、主が居なくなっても埃一つ無く保たれている桟に身を乗り出して、佐久良はモニターを眺めていた。  佐久良の両親は、自らの意志で互いに惹かれ合い、共に暮らすようになった。  佐久良は両親のような、そして物語のような恋に憧れていた。  由利も初めて出会ったあの時、お姫様と王子様の運命に目を輝かせていた筈だ。  少なくとも佐久良にはそう見えた。  小路は恋する自由さえ由利から奪っていこうとしている。  佐久良の胸中に湧き上がるのは漠然とした虚しさだった。 「内密の話って何かな」  夏目が待つ執務室に、部屋の主である小路が悠々と戻って来る。  穏やかに微笑んではいるが、右手はしっかりと太刀の柄に添えられていた。  息子の世話を任せ、二人きりで面会してくれる程度には、小路は自分を信用しているようだと再認識する。  何度か諫言したこともあったが、それでも重用されているというのが現状だ。  僅かに覚えた文字で辿々しくも歴史書を紐解いてみれば、数ページに一人は忠告に腹を立てて臣下を殺した君主は現れるものだ。  将に相応しくないと言われ続けてきた小路が、当主としての在り方に口出しされてコンプレックスを刺激されない筈が無い。  夏目が諫言した時も、相応の覚悟はあった。  それでも小路は新人類の優遇という信念を優先し、忠告を聞き入れないと同時に夏目を害することもしなかった。  あの優しげな面貌の下にどんなものが渦巻いているのか。  彼は狂っていない、という佐久良の言い分が頭の中で異様な響きを持つ。 「実は由利様が女性を宛がわれることを酷く嫌がっていまして……」  夏目が切り出すと、小路はさも意外だといったような顔を向けてきた。 「由利は私の説明を聴いてくれてたんやんな?」  説明、とはモニター越しの演説のことだろう。  勿論由利の耳にも届いていた。 「はい」 「平等の為に必要なことやねんけどな……新人類に優しい筈の由利が、まさか拒否するなんて」 「私からも説得してみたのですが聞き入れてもらえず……何でも、幼い頃に出会った初恋の人に操を立てているようで」 「やったらその人を連れて来れば良い。どこの誰や?」 「相手は旧人類だそうでして……。  由利様の意向よりも新人類の権利向上の方が優先されるべき事項だということは心得ています。  しかし放っておいては相手方との擦れ違いを生む原因となり兼ねないですし、それが新人類と旧人類の対立にまで波及してしまっては元も子もありません」  由利の初恋の相手云々というのは全て嘘だ。  しかし夏目は小路の目を真正面から見据えながら弁舌を振るった。  小路に焦りが滲み出したのを見計らい、とどめのように言い放つ。 「私だけではどうしようもありません。  お手間を取らせますが、ここは小路様直々に由利様を説き伏せていただき、憂いを絶っておくべきかと存じます」

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