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四十一話 密談
翌日、塔で夏目はカメラを確認する。
由利と小路の一連の会話が克明に記録されていて、夏目は胸を撫で下ろした。
「やったな、由利。これは小路にとって致命傷もんや」
大昔であればAIを用いたディープフェイクで捏造映像を作ることも出来たらしいが、AIが反乱した現代において当然そんな技術は無い。
高い信憑性が保証された動画だと言える。
「ところで、胸倉掴んどる時、小路は何て言うてたんや?」
夏目が訊ねる。
この辺りは間近で喋っていたために声が小さく、音声が上手く撮れていなかった。
「別に大した話はしてへん」
由利ははぐらかした。
新人類は戦う為に生まれてきた――そんなことを人々に知らしめても何にもならない。
ロトスの毒が原因ではないという証拠なら、夏目が持っているデータだけで十分だ。
新人類の真実は、由利が一人で抱えて生きていくしかない。
「そうか。変に編集せえへん方が信用してもらえるやろうし、このまま公表したら良え」
複数あるカメラから夏目は一本一本メモリを抜いていく。
しかしメモリも機械である以上、塔の出入り口を通過させると警報が鳴る。
夏目がカメラを持ち込む時に弄した策は、内から外へ出る時には使えない。
これは決戦の時まで由利が保管することになる。
「決戦の計画なら出来とる。
夏目は噂を流してくれ……人間の女の頭を持ち、光を恐れず音も無く突進してくる鳥型の邪機が目撃されたって、なるべく大袈裟にな」
由利の頼み通り、夏目によって大型邪機の噂は流された。
その恐怖は寒波と共に人々の心を凍て付かせ、小路も例外ではなかった。
人々の要望に応えると宣言して、実際は誰よりも怯えながら、彼は軍備強化の為に管理料の更なる引き上げを実施した。
ただ、佐久良は全く恐怖を抱いてはいなかった。
三善に作ってもらったブーツを履き、丈が余る父の道中着で足元を隠しながら浄世講へ向かう。
人目を避けつつ能登川の岸へと回り込み、青白い障壁を見上げた。
電子に煙って見えないが、この先に由利が居る。
バリアに右足の爪先を掛け、そろりと左足を地面から離す。
反重力の浮遊感に押し上げられ、梯子と変わらぬ要領で塔の小窓と同じ高さまで上り詰めた。
ここまで来ると、小窓の形がぼんやりと確認出来るようになる。
「由利」
呼び掛けて暫くすると、窓枠から赤いものが出てきて垂れ下がった。
由利の髪だ。
「気付いてくれたんか、佐久良」
覇気のある声は、ネオ南都がどれ程酷い状況になっても変わることなく、佐久良の中に沁み込んでくる。
「ああ。鳥の形に女の頭ってので、もしかしたらと思た」
件の邪機の特徴は、物語に登場する魔女によく似ていた。なので由利からのメッセージと解釈したのだ。
熱狂的な恐怖によって管理料が跳ね上がったのも、もしやと思った理由だ。
Usualは死を覚悟する程、新人類でさえ生活を見直さねばならない程貧しく追い詰められている。
兵の練度の低さを誤魔化そうと際限なく最新兵器へ投資を繰り返すやり方に、小路へ傾倒している者でさえ閉口している程だ。
噂を流したのが由利ならば、何の考えも無しに人々を虐げる真似はしないだろう。
彼が追い詰めたいのは市井ではなく小路の評判。
とうとう浄世講を打倒する鍵を手に入れたのだ。
「小路の新人類に対する差別発言を録画することに成功した。
これを公表したらあいつの信用は地に墜ちる。
やけど俺は足枷でこの塔に繋がれとって、更に塔の出入り口は登録されてへん金属が通過すると警報が鳴りよる。
佐久良に頼みたいのは、小路を襲撃して懐からリモコンを奪って、俺を解放することや。
操作はボタン一つやけど、遺伝子認証やから気い付けて。
日取りは来月の十八日、夕方の五時頃。
浄世講の広場で大規模な集会が開かれて、ネオ南都中に中継される。
広場に集められる構成員は、小路を除いてエレクトロウェア含む一切の武装を禁止されとる。
これ以上の好機はあらへん」
由利が淡々と言うのを頭に叩き込みながらも、佐久良は身体と精神が互いに遠ざかっていくような感覚に襲われていた。
かつては小さかった、復讐を誓って伸ばした手が、一度は由利を殺めようとしたこの手が、悲願に届こうとしている。
その悲願が叶った時、自分はきっと。
余計な考えを振り払い、佐久良は答える。
「来月の十八日、十七時……分かった。
命を懸けてでも、由利を自由にするから」
「佐久良は一人でデカい邪機を倒したんやろ?
そんだけ強いんやったら、あいつごときに命を懸ける必要なんぞあるかいな。
俺に考えがある。俺の母方の一族のことは知っとるよな?」
「ああ、泥家やな。
五月七日を殺そうとした己波に連座して、十七人が処刑されたって」
「せや。ただしそれは公式発表の話。
俺が握った証拠には、五月七日を殺したのは小路やっちゅう自白もある」
「……あいつ、そんな前から、全部……」
佐久良もまた、小路の陰謀が動き出した時期の早さには驚きを隠せなかった。
そもそもの因果関係が想定外のものだ。
「まあその辺りの話は後や。
泥には一応、処刑を免れた者も居る。
己波の父親、色葉とかな。色葉は御池の発電所の所長をしとる。
浄世講の電力は御池から送られとるんや。
やからこそ関係強化の為に己波が小路の所に寄越されてんけどな。
協力してもろて小路を恐怖の底に叩き込むには、色葉は最適の人材やろ?」
発電所、協力、恐怖。
由利の言葉が佐久良の中で纏まり、一つのヴィジョンを結ぶ。
由利が敵でなくて良かった、と心底思わされた。
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