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四十三話 宵闇の決戦

『公益を考慮し、発電所の拡張事業が完了するまで泥色葉の処刑は見送っていましたが、先日三号機が無事に稼働を始めたため処刑を執行いたしました――』  窓辺から中継を見て愕然とする佐久良の耳に、間髪入れずに呼び鈴が聞こえてきた。  発電所から密告を受けた浄世講の者が来たのではないかという考えが過る。  それならそれで、戦い方が少し変わるだけのことだ。  鉄扇を懐に忍ばせて一階へと下りて行く。  不穏な予想は幸いにも当たらず、玄関先に居たのは発電所の職員の一人だった。  見たところ新人類のようだ。  彼女は土間に押し入って来るなり頭を深々と下げる。 「泥色葉の元で働いとった者の総意です。  我々が全力でお支えいたしますので、どうか浄世講を解体してください」  彼女に対して佐久良はごく冷静に、少し眉を顰めて哀しげな表情を作って見せた。 「所長は全く騒ぐことなく浄世講へ連れて行かれました。  おそらく、自分の命はここまでやとだいぶ前から知っとったんでしょう。  私情を申し上げると、私は所長のことが嫌いです。  身内で私だけ新人類として生まれたせいで家族から酷い扱いを受け、家を追い出され働き口を探しても新人類ってだけで雇ってもらえへん時期が続き……やっと拾ってもろた発電所でも、この身体のせいで昇進とは縁が無かった。  小路が権力を握った途端、家族は擦り寄ってくるし、所長は私を昇進させた。  ふざけんなとしか思われへん」 「ええ、ふざけてますね。  悪いことを悪いと教えてもらえへんかったUsualは可哀想かもしれへん。  やけど憐れやからって、貴女が受けた仕打ちを無理矢理忘れてやる必要は無い。  種族に関係無く、本気で貴女を大切にしてくれる人を探せば良いと……俺は思います」  あまりに沈痛な表情をしている女を見兼ねて、佐久良は口を挟んだ。  女は深く息をして目元を拭ってから話を続ける。 「ただ、所長の堂々とした姿に覚悟を見た気がしたんです。  自分が正しいと思った道を進む覚悟を。  私は、Usualから権利を奪って格差を是正してくれた小路様に感謝してます。  それでも……もし佐久良さんが言うように小路様が無辜の人を殺していて、裏では私達新人類を見下しているとしたら……絶対に許せへん。  職員一人一人考え方はちゃいますけど、それだけは同じでした。  今ここで佐久良さんに与さずに真相がうやむやになったら、断片を知ってしもた私達は一生後味の悪さを抱えていくことになる。  所長と佐久良さんに賭けます。  貴方の行動でネオ南都が少しでも良い世界になるって、信じさせてください」  佐久良は復讐の為だけに立ち上がった。  由利を救いたい、ネオ南都を変えたいという気持ちにも偽りは無いが、そんな大義を掲げられる程自分の心は美しくない。心に渦巻くのは今もなお、平穏な日々を奪われた怒りだけだ。  それでも佐久良は、ごく打算的に頷いて見せた。 「はい、必ず……」  すると女は心底安堵したように泣き笑いを浮かべ、何度も礼を言ってから、赤らんだ顔をカーボンファイバーの笠で隠しながら去って行った。 真夜中にも引けを取らぬ射干玉の天蓋が、夕刻のネオ南都を包む。  十八日、十七時。  ネオンの海の中、モニターが白く灯って小路の姿や、ずらりと整列して彼の言葉を待つ浄世講の構成員達の様子が大映しになる。    暫し聴衆を焦らしてから、小路は演説を始めた。 『かつて我らは、ケリックスをはじめとしたグレムリンを英雄と仰いでいました。  しかしそのような安易な歴史認識には、今一度危機感を抱かなくてはならない。  グレムリンの活動していた当時は、反体制こそが美徳とされていました。  そのような風潮が、大した信条も無く、自分に酔って体制に逆らうだけの愚者をのさばらせる土壌となった。  奇しくもケリックスの子孫である泥家の者達が、無為に秩序を乱す愚か者の末路を私達に見せてくれました。  平和を愛する同志よ、共に結束し――』  瞬間、モニターが暗転した。  機器の不備ではない――むしろモニターは、今の浄世講が置かれている状況を克明に映し出していた。  現代において暗闇は死を意味する。  武器もエレクトロウェアも持たぬまま闇に放り出された人々は、本能的な恐怖で叫び出し、逃げようとする。  その絶叫もまたスピーカー越しに中継され、ネオ南都中に響く。  バリアはすぐに復旧し、あえかな光で敷地を包むが、そんなものでパニックは収まらない。  小路がいくら呼び掛けようとも、誰の耳にも届いていない。    バリアを駆け上がる影に気付く者は無かった。  小路の右手に急激な痛みが走る。  振り向くと背後には、妙な武器を携えて斬り掛かってくる佐久良が居た。  枝葉が付いたままの竹の先に包丁を括り付けた急拵えの鎗のようなもので、小路の手を的確に狙ってくる。  佐久良の耳、そして羽織の袖と褄先には、紫のタッセル飾りが揺れていた。  中継を見ていた者は勿論、広場に集まっていた者も、異様な光景に釘付けになる。  武装していないために誰一人小路を助けに行くことは出来なかった。  比較的冷静だった久遠は、照明を独自の電源に手動で切り替えようと、いち早く広場を立ち去ってしまっていた。 「俺は佐久良、塔院常磐と氷室入谷の息子!」  佐久良は叫びながら、済度を抜いた小路の反撃を受け流す。  枝葉が刃を尽く防ぎ、竹にまで到達させない。 「何や、この得物は……!」  小路が呻く。  彼にとって意外なのは馴染みの無い武器のみであり、佐久良が復讐にやって来るということは単なる危惧の実現なのだ。  枝で小路の腕を挟み、捻り上げると、ただでさえ負傷して右手に力の入らない小路は済度を取り落とす。  済度へ手を伸ばした小路の脇腹を、佐久良はすかさず蹴り付ける。  小路は転倒しながらもどうにか済度を掴んだが、その懐からはリモコンが落ちてきた。  佐久良はそれを拾うと、指に小路の血を塗り付けてからボタンを押した。  小路の顔が一気に青褪める。 「何で新人類のお前が、小路様を!」 「俺達は新人類への罪を償っとるんや……その機会を奪わんとってくれ!」 「何が気に入らへんねん!」 「このままやと君は旧人類と同じ扱いに落とされるねんで!?」  舞台の下から構成員達が呼び掛けてくる。  その中には、両親が撃たれた時に佐久良を取り押さえていた入れ墨の男も居た。 「Usualの苦しみの上に成り立つ幸せなんて、少なくとも俺は望んでへん。  浄世講が善人面でやっとることは、余計に新人類とUsualの溝を深めただけにしか見えへん。  理解出来るか、俺の言うとること」  佐久良の声もまた中継に乗り、ネオ南都に届けられる。  なおも広場から佐久良に飛んでくるのは疑問や罵倒ばかりであった。 「まあええ、これから小路のほんまの姿を見せたる。  こいつの私欲が如何に新人類を特権に塗れた腫物に仕立て上げたか……その目で見てから、これからも小路に従うかどうか決めろ」  そう言った佐久良の視界の端で、小路が立ち上がった。 「平和を……ネオ南都の平和を乱すな!」  小路が喚きながら斬り掛かってくるが、佐久良は再び竹でそれを受け流した。 「勿論、思想は自由や。  やけど小路が馬鹿高い管理料を取って浄世講の外部を苦しめとるのは事実。  なんぼ綺麗事を並べても、実利が絡んだ時、浄世講を支持し続ける者は何人残ると思う?   どうあれ、そろそろ終わる時が来たんや」 「黙れ! お前っ……何で塔の枷のことを……!」  ボディスーツの手首に付いたギアを回した小路は、佐久良の足元に済度を振り下ろす。  強化された腕力で舞台が割れ、傾いだ佐久良に刃が迫る。  その時、人々の耳を怪音が震わせた。  邪機が大群で襲来するよりも酷く耳を劈く、ところどころ裏返った低音。  連なる建築物の壁面を、ブーツから流れる電流に強化された細い脚で駆けて来る赤黒い影。  怪音は彼の声であった。  裾を裂いた漆黒のワンピースと赤い長髪を靡かせ、その肩口には縦に構えた打刀が光の尾を引いている。  由利と、清けし雪村だ。  小路が呆けた隙を衝き、佐久良は横に転がってその場を逃れた。  悍ましい咆哮、ここに在ってはならない刀、ここに居てはいけない少年――。  小路の目前に、勢いよく壁を蹴った由利が降って来た。  小路が慌てて展開したバリアは一瞬で割られ、構えた済度も清けし雪村に押し返される。  更に、素早く立ち上がって由利の隣に並んだ佐久良が懐から鉄扇を取り出すと、畳んだまま小路の喉へ突きを繰り出した。  胸には自らの愛刀、喉には鉄扇の衝撃を受けた小路は、血を吐いてよろめく。  エレクトロウェアは所々断線して、一〇パーセント近くが機能停止していた。  由利と佐久良はほんの数秒、無言で視線を交わした。  同時に、浄世講の照明は全て非常電源で灯される。 病で外出さえままならない筈なのに暴れ回る由利を、そして加賀見と共にこの世を去った筈の清けし雪村を見た者達は口々に騒いだ。  小路は自分達に何を聞かせていたのだ、と――小路を妄信していた者も、小路を好いていなかった者も、小路こそ至高の指導者だと自分に信じ込ませていた者も、一様に。  ただ一人、作務衣姿の男――十市雪村だけが静かに涙を流していた。  檀上に夏目が駆け上がって来て、由利からメモリを受け取る。  舞台袖の装置にメモリを差し込むと、塔の中で向かい合う由利と小路の映像が全てのモニターに現れた。  小路の暴言が流れ出した瞬間のネオ南都は、時が止まったかのようであった。  映像が終わりに差し掛かった時、やっと小路は起き上がることが出来た。  彼は横目に、自らが従えてきた者達の顔を窺った。  そこには動揺や絶望、憤怒が犇くばかりで、数分前と同じ目で小路を見る者は一人として居なかった。 「虐殺の事実を認め、降伏しろ。  そうしたら喉を潰して幽閉するだけで済ませたる。  勿論、死んだ方がましやと思うなら望む方法で死なしたる。  お前がどれを選んでも、構成員の命は俺が保証する。  浄世講の解体以外は何も要求せえへん。  今後は全ての人々に武装の権利が戻る。浄世講に居ったことを理由に理不尽な扱いを受けたなら、武器を取っても良い。  反撃される覚悟があるならな。  逆もまた然り、外部の人間が浄世講の構成員に過剰に遠慮する必要も無い。  つまり浄世講が生まれる前の、無秩序と因果応報によって治められてきたネオ南都に戻るんや。  殺伐とはしとるが、今よりはだいぶましやろう。 ――決めたか、小路」  淡々と言う佐久良の目前で、小路は済度を強く握り締めた。 「全部、由利の罠や!   由利が俺を裏切って陥れようとしとる!」 「裏切るぅ?   一度かてお前を仲間やと思ったことの無い俺に、どう裏切れと?」  由利が反論した時、轟音が舞台に迫って来た。 「小路様!」  轟音の奥に、男の声が混じる。  瞬間、再びエレクトロウェアの出力を上げた小路が、由利に突進して来た。  不意打ちを喰らって由利の身体は小路と共に軽々と吹き飛んだ。  佐久良と由利は咄嗟に互いへと手を伸ばしていたが、それは掠りもしなかった。  小路と由利は、舞台に突っ込んで来たトラックのアルミコンテナの上に落ちた。 「出せ!」  小路が叫ぶと、トラックは人を撥ねながら浄世講を出て行った。  追う為に舞台を飛び降りた佐久良に、雪村が近付いて来て一本の打刀を握らせる。  更に、夏目から借りたであろうカメラまで渡してきた。 「必ず、由利と戻ります」  佐久良はそう言って軽く頭を下げてから、広場を出てすぐの所に停まっていたバイク『クロコマ』に跨る。  三善に作ってもらっていたEMP装置を翳し、バイクの遺伝子認証ロックがエラーを起こした隙に自身の細胞を登録させ、スイッチを入れるとすぐさま走り出した。

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