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四十四話 灰は灰に
トラックは浄世講から東へと向かっている。
高田の傾斜が激しい細道を走るトラックの上で、エレクトロウェアの助けもあってどうにか立ち上がった由利と小路は、刀を構えて向かい合った。
「戻って来い、由利。
今やったら、喉と足を潰して塔に戻るだけで許したる!」
小路が斬り掛かってくるのを、由利は清けし雪村で尽く弾き返した。
身体と刀が一つかのように馴染んでおり、明らかに清けし雪村を長年の愛刀としている由利に対し、小路は怒りを隠しきれずに眼窩を引き攣らせる。
「佐久良の提案を蹴って、俺に攻撃したな。
どんな死に方しても文句は垂れるなよ」
素っ気なく吐き捨ててから、由利は音も無く踏み込んだ。
手加減を止めた由利は、斬撃や刺突、体術を駆使して小路を後退させていく。
由利を病身に見せ掛ける為に最低限の栄養しか与えず衰弱させておこう、という過去の判断に助けられて小路はどうにか命を繋いでいた。
我が子にこんな剣の才能があるとは知らなかった――仮に由利に年相応の体格や筋肉が備わっていたなら、自分はとっくに殺されていただろうと、小路は肝を冷やした。
目まぐるしく動き回っていた由利だったが、疲弊したのか次第に太刀筋が鈍くなってくる。
いつの間にか形勢は逆転していた。
それを見計らい、小路は渾身の袈裟斬りを放つ。
視界に赤が舞い上がるが、それは血ではなく、肩口近くから切断された由利の後ろ髪だった。
小路の斬撃は重々しく、そして素早かったが、疲れた振りをして小路を引き付けていた由利の回避もまた速かった。
由利は即座に身体を反転させて小路の右腕を斬り付けた。
度重なったダメージに加えて、その一撃がとどめとなり、小路の右腕を包むエレクトロウェアは電流を停止した。
「くそ……!」
利き手の強化を失った小路は、悪態を吐きながら体勢を立て直し、由利に向き直ると済度を振り下ろした。
由利は清けし雪村でそれを受け止めるが、今までのように受け流したり弾き返したりは出来ないでいる。
今度は『振り』ではなく、本当に体力が尽きたのだ。
「お前を殺す気はあらへん。
俺は新人類の味方や。
お前のことも、彼のことも、俺は差別から守りたい。
野蛮な真似は止めて戻って来るんや。由利」
この期に及んで小路は、取り繕えば全てが元通りになると思い込んでいるようだった。
或いは、思い込まなくては動けなかったのかもしれない。
トラックはどんどん鎮守の森へ近付いている。
運転手は邪機の群れに由利を放り込んで始末する算段なのだろう。
由利に死なれて最も困るのは他でもない小路だというのに。
「部下を使い捨てる大将の屑が、愛だの平等だの言うたかて薄ら寒いだけなんじゃ。
死にさらせ」
父を罵る間、由利は眉一つ動かさずに目の前を睨み付けていたが、その脚は風を受けただけで頽れそうな程萎えていた。
清けし雪村を圧した済度の切っ先が由利に届く。
太刀は由利の左側の額から頬までを切り裂いて離れた。
してやったりと笑みを浮かべながら、小路は由利の左側へ回り込む。
しかし由利の鋭い勘は、見えておらずとも小路の行動を予想していた。
一瞥もくれずに済度の一撃を躱すと、瞼から流れ出る血を掬って小路の顔面へ浴びせた。
小路はたたらを踏んで後退り、血を拭ってから再び斬り掛かろうとした。
その時、モーター音が耳を震わせた。
力強く澄んだ重低音が、確実にこちらに近付いている。
トラックが数秒前に側を掠めて行った路地裏から、勢いよく一台のクロコマが飛び出して来て表通りに合流した。
機体を御しているのは、佐久良だ。
長髪と羽織を靡かせながら、小路を討つ為に追って来る。
ネオ南都中のモニターには、クロコマのミラーに括り付けられたカメラが映す光景――由利と小路の姿が映し出されていた。
小路は、由利に警戒しつつも佐久良の方を振り向く。
それを見て佐久良は叫んだ。
「お前は散々見下しとった新人類の力で滅びる!」
佐久良の周囲に、桜色の光が広がる。
小路の目が驚愕で見開かれた。
バイクで走行している彼に地脈が読める筈が無い。
なのに佐久良はグレアの光を発している。
何故――。
その隙を衝き、佐久良は開いた鉄扇を投げた。
鉄扇は小路の首、ぎりぎりエレクトロウェアに覆われていない所に深く突き刺さる。
小路はふらりと倒れ、トラックから転げ落ちた。
運転手もそれに気付いたのか、トラックはすぐに停止する。
佐久良もバイクを停め、桜色の光を発していたホログラム装置『果心』の電源を切る。
これも三善に依頼して作ってもらったものだ。
馬鹿馬鹿しいはったりでも、戦場では思いもよらぬ効果を発揮する。
由利はトラックを下りるなり運転席を覗いた。
中では運転手が眠るように事切れていて、その手には空の小瓶が握られており、彼が毒を呷って自害したことが分かった。
言葉にならない喚き声を上げ、どうにか立ち上がった小路は佐久良へ刃を向ける。
しかし佐久良はそれをさらりと躱すと、小路の胸をガゴゼで斬り付けた。
とうとうエレクトロウェアが破れ、血を迸らせて小路は倒れる。
クロコマに付けられたカメラが一部始終をネオ南都に伝えていた。
由利が駆けて来て、佐久良の隣に立つ。
その全身は血に塗れていて、殆ど着物を汚さなかった佐久良とは対照的だった。
「お前が生まれてこなければ、俺がこんなに悩むことは無かった!
親父の、泥の一族の、そこのクソガキの両親の血で俺の手が汚れることは無かった!
俺がこんな目に遭うことも無かった!」
這い蹲って叫ぶ小路の暗い瞳は、由利ただ一人を映していた。
――そんなことは、由利が一番分かっていた。
全てが狂いだした基点となったのは、由利がこの世に存在することそのものだった。
「お前さえ居なければ一生平穏に暮らしてたこいつを復讐鬼に変えたんもお前じゃ!
全部、全部、由利が悪いんじゃ……!」
無感動に立ち尽くしている由利の背に、佐久良が軽く手を置いた。
そしてガゴゼを振り下ろし、小路の首の血管を断ち切る。
一つの時代が終わったのだ。
「由利……」
佐久良はすぐさま、顔面の傷から止めどなく血を流す由利に振り向く。
鉄分を失って顔色を白くしている由利の身体を支え、続く言葉を失った。
初めて出会った時は、佐久良が由利を見上げていた。
五月七日や小路のような偉丈夫に育つことを予感させたあの少年を、今は見下ろしている。
掴んだ肩は薄く、佐久良の掌ですっかり覆えてしまった。
「信頼できる医者は浄世講に居るか」
前が肌蹴るのも構わず、解いた帯で止血してやりながら佐久良が訊ねた。
「分からん」
由利は痛みにほんの少し唇を歪めただけで、騒ぐこともなく淡々と答える。
医者選びを失敗すれば由利を謀殺されるのではないか、と佐久良は頭を悩ませた後、決断する。
「戻ったら最低でも三人、医者を呼ぼう。
由利を良う思わん奴が紛れとっても、同業者の目があれば適当な仕事はせえへんやろ」
由利をトラックの助手席に座らせ、運転手と小路の遺体、そしてクロコマをコンテナに積み込むと、佐久良がハンドルを握った。
空き地で転回したトラックは来た道を静かに戻って行く。
高田から一望するネオ南都は宝石箱かのようで、初めて目にしたその眺めが傷を負った目には眩しかったため、由利はふいと運転席の方へ顔を向ける。
「小路の死体はどうする」
由利が訊くと、佐久良は淀みなく答えた。
「俺が内密に葬る。
墓所も公開せえへん。
死体を痛めつけて浄世講を徹底的に貶めるのも手やが……少しでも小路を憐れやと思わせてしまうと、また皆の感情が小路に同調してしまうかもしれん。
小路の印象をあの証拠映像にあったような酷い奴で留めておくには、それが良えやろ」
「ああ、全く同意見」
それきり二人は喋らなかった。
浄世講に着いてから暫くは一緒に居て、さっさと荷物を纏めて浄世講を出て行く人波を眺めていた。
広場の方では、運転手と同様に服毒自殺した者の遺体が幾つも転がっており、傍らにその家族や友人が縋り付いている。
小路が部下達に毒を持たせていたことを、由利たちは今日初めて知った。
医者が集まった、と夏目が呼びに来たので、由利は彼と共に近くの建物へ入って行った。
残った佐久良は人混みの中でどうにか雪村を見付け出し、話し掛ける。
「ありがとうございました。あの、これ」
ガゴゼを差し出すも、雪村は受け取らなかった。
「君が使え」
「あと一度しか、武器を振るう予定はありません。
そして、その時ガゴゼのような名刀を汚す訳にはいかない」
佐久良が言うと、雪村は少し目を丸くしたが、すぐに頭を振った。
「それでも、や。
友と並び立って戦うにせよ、早々に幕を下ろすにせよ、君の美しい太刀筋はガゴゼに相応しい」
固辞されたために、佐久良はガゴゼを連れて、小路の遺体を積んだトラックと共に帰ることとなった。
家の前には少なからず人が集まっていたが、適当にあしらって自宅の扉を閉ざすと、真っ直ぐに裏庭へ向かう。
両親の墓前に座り、空に浮かぶ二、三の星を見上げながら佐久良は呟く。
「星は綺麗やな。
これを見られただけでも、生まれた意味ならあった気がする」
ロボットの通信機のように艶やかな瞳が、細められた瞼の下に隠れる。
「やからもう、そっちに行ってええかな」
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