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五十九話※ 引力
着物に合う白いショートブーツを履かせてもらい、二人並んで家を出た。
自然と同じ方へ歩きだす。
陽の光を浴びると打掛の銀糸が、髪飾りが、そして何より由利自身が煌めく。
歩きながらも、佐久良はずっと由利のことを見ていた。
「この着物ほんまに綺麗や。
それにこの小物……特に気に入った」
そう言って由利は、胸元に揺れる房飾りを撫でた。
「懐剣って言うて、短刀を模した飾りらしい。
形は変わっても、由利はやっぱり刀に惹かれるんやな」
教える佐久良を、由利は上目遣いに見上げた。
「せやな。それに佐久良のピアスに似とるから、余計にな」
由利の言葉に、佐久良の胸が高鳴る。
今も佐久良の耳に通っている、常磐や入谷とお揃いのタッセルピアス。
幼い頃に佐久良がプレゼントしたものだ。
今はいくら仲の良い家族でもお揃いのアクセサリーだなんて照れくさいが、当時は両親以外に心の支えとなる存在が居らず、目に見える形で愛情を確かめたかったのだ。
両親もそれを分かった上でピアスを着けていてくれたのだろう。
同じ物を身に着けていたい、なんて幼稚な独占欲でも、由利に向けられるのなら嬉しい。
由利にとっては何気ないであろう発言を、自分がどんな思いで聞いているか、由利に語り聞かせたくて仕方がなかった。
俺を勘違いさせないでくれ、ドロップが治ってもオーオンを倒しても由利を手放せなくなったらどうする、と叫びたくてならない。
しかしそんなことが出来る筈も無く、細い通りを二つ程横切って、路地へ入って行くだけで目的地へと辿り着く。
そこは二人が初めて出会った場所――『結婚の桜』の前だった。
桜の花びらで色づいたアスファルトを踏み締め、樹の正面に並び立つ。
葉が目立ちつつあるが、まだ春らしさは味わえる。
「今年は桜見られへんやろなって諦めとったから……ありがとう。
佐久良が頑張って治してくれたお陰や」
照れている時特有の強張った表情を浮かべて由利が言った。
傍から見れば殆ど真顔だが、佐久良にはその微妙な変化が分かる。
「由利もよう頑張っとるで」
「……うん」
この樹の下に立つと、あらゆる想いが去来する。
自分達は巡り合ってはいけなかった。
二人の出会いはネオ南都に多くの血を流した引き金だ。
それでも、今こうして隣に居られることが嬉しくてならない。
つい感傷的になってしまうのが面映ゆく、由利は巣作りの為に跳び回る燕に目を留めると、適当な思い出話をする。
「昔、加賀見が言うててんけどな。
鳥って人の髪の毛を巣に使うこともあんねんて。
一ぺん燕が雪村さんの頭に留まって、髪の毛引っこ抜こうとしよったらしい」
「剛胆な燕やな」
「雪村さん優しい人やから、鳥が寄って来やすいんかも」
「由利の髪はここらでは珍しい色やから、使われてたらすぐ分かりそうや」
「赤い巣か、悪うないな」
その後も暫く他愛ない話をしていたが、次第に由利の頭がふらつきだして、佐久良に寄り掛からなくては立っていられなくなる。
「悪い、佐久良……一ぺん俺のこと置いて帰って、乗り物で迎えに来てくれるか」
結婚の桜の下で別れを切り出されると、佐久良の胸は締め付けられた。
ここで由利と別れると、あの時のように引き離されてしまう気がする。
「負ぶって帰る」
「止めときって。
着物の重みもあるんやぞ、佐久良でもさすがに……」
「構へん、こうなることは想定しとった。
由利、その塀の陰までやったら歩けるか」
「え、うん……」
意外なことを口走った佐久良に支えてもらいながら、近くの塀の陰へと歩いて行く。
そこはうら寂しい空き家の裏手で、桜の花弁も迷い込まない程に奥まっている。
「Stay(じっとしてて)」
コマンドを告げてから、佐久良は懐から小さなコントローラーを取り出す。
その瞬間、由利の脚を電流が突き刺した。
「え、ちょっ……!?」
急なことに狼狽え、頽れそうになる由利を佐久良は抱き留める。
「万が一に備えて、襦袢の下に小型の通電パッドを仕込んどいた。
ちょっとだけ痛いこと頑張って、一緒に帰ろな。由利」
「うん……」
Sub神経も、電気に打たれる肌も、佐久良の支配下で瞬く間に昂らされる。
スペースに入り、声を抑えようと由利は唇を噛んだ。
すると佐久良の指が、食い縛られている口に差し込まれる。
「噛むんやったら俺の指を」
自分の唇ならば多少血が滲んでも放っておくが、佐久良の指を傷付ける訳にはいかない。
結局、ただ咥えただけになってしまい、鼻から抜ける嬌声を堪えられない。
上等な紅白の着物に包まれて震える想い人を、佐久良は仄暗い気持ちで見下ろしていた。
由利のドロップが落ち着いたところで、二人は家へと帰る。
由利が上がり框に腰掛けると、すぐさま佐久良が身を屈めてブーツを脱がせに掛かった。
しかしその手はやけにもたついている。
不思議に思いつつ由利が待っていると、とうとう佐久良の手が止まった。
黒い頭が眼下で頼りなく揺れたかと思うと、由利の膝に擦り付けられる。
よく見れば耳の辺りに、青い樹状の模様が浮かび上がっている。
「佐久良?」
呼び掛けると、佐久良は我に返ったようで顔を上げた。
「今、俺……何を」
「多分やけど、欲求が強くなっとるんちゃうか。
俺と仮契約したせいでサプレッサー飲めてへんもんな」
「……そうか、変なことして悪い。
収まるまで離れてるから……」
ブーツをやや強引に脱がせて立ち上がろうとする佐久良の手を、由利は掴んだ。
「プレイ足りひんかったんやろ?
いつも俺が満足して終わりにしてて、悪かった」
そう言いながら由利は着物の裾を割る。
脛は佐久良を誘うように揺蕩い、僅かに覗く太腿にはストッキングに挟み込んだ低周波パッドが貼り付いている。
「俺なんかで良ければ、使え。
佐久良にやったら何されても良いから……」
いつも自信に満ち溢れている由利だが、Subとしての肯定感はやたらと低い。
そんな彼が恐る恐る身を差し出してくれている。
それがどれ程思い切った行動か、佐久良には計り知れない。
「由利が良い。
由利にしか頼めへん……受け止めてほしい」
佐久良は少し強引に由利のストッキングをずらすと、現れた地肌に噛み付く。
痣すら出来ない程の優しい噛み方だが、痛みが無い訳ではない。
その痛みを煽るように佐久良の熱い舌が歯形を掠めていく。
ちらりと見上げれば、既に陶然としている由利と目が合う。
「Present(晒せ)」
「はい……」
由利は恥じらいつつも従順に、裾を捲り上げた。
彼が普段着ているボンデージ要素のあるパンクファッションも煽情的だが、楚々とした着物を乱していくのも悪くない。
「Look(見ろ)。
噛まれるところ、ちゃんと見とって」
命令してから、次は太腿に齧り付く。
前歯で圧し潰した弾力ある皮膚を、そのまま軽く引っ張ってやると、頭上から甘ったるい声が聞こえた。
加虐の欲が収まらない。
もう少しだけ由利の優しさに甘えて――狡いことをしてみたい。
「Stay(待て)」
佐久良は由利の腰に擦り寄ると、口元が見えるように頭を傾げてから、下着越しではあるが由利の股間を唇で挟み込んだ。
「っい……!?」
急所を噛まれると思った由利は咄嗟に後退るが、佐久良は腕を伸ばしてその細腰を捕まえる。
由利の危惧に反して、佐久良は歯を立てることすらせず、唇で軽く食んだだけであった。
急激な緊張と解放で、由利は弱々しい吐息を漏らす。
それが佐久良をますます昂らせた。
次の瞬間には隠し持っていた低周波機器の電源を入れながら、由利の骨盤に犬歯を立てた。
指先が白む程に握り締めた由利の拳を、佐久良の手がそっと解す。
どちらともなく指を絡め合い、襟が摺り落ちて顕わになった由利の肩にも佐久良は噛み付く。
腋窩の周りの薄い肉に、細く浮いた鎖骨に、どんどん標的を移していくに連れて由利の甘ったるい呻き声が近くなる。
涅色の瞳は、由利の白い首筋を映して大きく見開かれた。
少し抱き寄せてうなじを噛んでしまえば、もっと深く由利と繋がれる。
その時、掌に固いものが当たって佐久良は夢想から覚める。
由利の左小指の辺りは、刀を握って出来るまめのせいでいつも固い。
本能に呑まれ、危うく由利の気持ちを無視してしまうところだった。
番の形成など、ドロップさえ治ってしまえば由利にとってはデメリットでしかないのに。
「もう収まったやろか……俺」
佐久良は低周波の電源を落とすと、由利から離れた。その耳にはもう青い文様は現れていない。
「ああ……青い光は消えた。やけど佐久良は良えんか? まだ苦しいんと……」
「平気や」
無表情で土間に立ち尽くす佐久良を、由利は不思議そうに見上げている。
戦闘でグレアやバフが強力な武器となる以外に、新人類に生まれて良かったと思えることなんて一つも無い。
今だって、由利を傷付けそうになった。
「見てや、だいぶ使えるようになってきた」
そう言う由利の周囲には、銀色の電磁波が輝いている。
最大出力には及ばないが、かなりドロップから回復している。
「良かったな、由利」
「やけど、もう暫く世話になるで。
オーオンが侵攻してきた時におばあを巻き込んだらあかんからな」
「ああ」
改めて言われるまでもなく、その約束で始まった同居だ。
佐久良がさらりと聞いていると、由利は乱れた着物を掻き抱きながら険しい顔で言い放つ。
「やから、またアフターケアでも何でも良えから、どっか連れてってや。
あと……この由利様のことをもっと頼れ」
照れ隠しを多分に含んだ、由利の分かりづらい優しさに、佐久良はワンテンポ遅れて気付いた。
「っ、ああ……ありがとう」
「分かったら、はよ靴脱ぎや。
それから着付けしなおしてくれ」
「うん」
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