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六十五話 モノノベ
プレイを終えた後、軽い朝食を摂った由利は暇を潰す為に二階の書架に来ていた。
本棚の前に立ったは良いが、確実に近付いている決戦の予感に気もそぞろになって、目が滑ってしまう。
上階で武器やエレクトロウェアの手入れをしている佐久良の気配を色濃く感じるのも原因だ。
何気なく目を遣った本棚の端に、ずらりと並ぶ古書とは異彩を放つ物を見た。
象牙色に輝くそれを、由利は宝石箱かと思った程だ。
惹かれるようにして手に取ったそれは絵本だった。
開いた瞬間、初めて見るのに懐かしい光景が溢れ出す。
十年前の春、由利は眼でなく想像で、確かにこの世界を覗いたことがある。
佐久良が聞かせてくれたお姫様と王子様の物語だ。
幼い頃は、歴史に名を残して金持ちになり、そしてこの二人のように素敵な相手を見付けて『結婚』したいなどと思っていた。
結局、悪名をネオ南都に刻むこととなり、金銭面では困っていないが恋や『結婚』は望めない人間になってしまった。
お姫様が消えてしまったことに絶望した王子様が身を投げ、魔法の剣を失ったシーンの絵に差し掛かると、特に苦々しい気持ちが湧き上がった。
何故王子様は、こんな得にならないことをしたのか――喚いた由利に、佐久良は静かに答えた。
損得などどうでもよくなるくらい、お姫様を好きだったから、と。
当時の自分が、そんな非合理的な言葉を受け入れていたというのが信じられない。
今、佐久良に同じ問いを投げ掛けても、同じ答えは返ってこない気がする。
それ程に二人は変わってしまった。
ページを繰っていて気付く。
由利が最も美しいと感じていた、あのシーンを描いたページが無いのだ。
「再会を喜ぶ二人が流した涙が凍って、魔法の剣が二振り生まれます。
魔法の剣は、希望を捨てず荒野へ踏み出した者の汗や涙が凍って生まれるものだったのです。
春の国と夏の国を滅ぼし尽くした魔女は二人を見付けて襲い掛かってきましたが、二人は力を合わせて、魔法の剣で魔女をやっつけました」
山場とも言える場面を絵に起こさないなど有り得ない。
由利は念入りに、一つずつ文字を辿っていく。
「声……歌声を頼りに歩き……とうとう声の主を見付けます。
髪? は……短くなっていましたが、それは……あのお姫様でした。
二人は……小さな……けっこん、しき? を……」
全てを悟った由利は、呆然と立ち尽くす。
最も美しかった一節は、魔法の剣が失われてがっかりしていた由利の為に佐久良が即興で付け足した展開だったのだ。
佐久良のさりげない優しさは、あの頃からずっと由利を包み込んでいた。
こんな事実を知れば、ますます佐久良を好きになってしまう。
絵本を棚に戻し、胸を押さえた。
ドロップが急速に悪化し、動悸に襲われる。
先刻のプレイの後、ちゃんとアフターケアをしてもらったにも関わらずだ。
「由利!」
番故の繋がりでドロップの悪化を察知した佐久良が、書架に駆け付ける。
瞳に滲んだ熱いものをこっそり拭ってから由利は振り向いた。
「平気や……何もあらへん」
「……由利」
静かな声と共に肩を揺すられる。
朝が来たのだ。
目の前の佐久良は、いつにも増して深刻な面持ちで、更には戦闘服に身を纏い帯刀している。
重いドロップのせいでエレクトロウェアの電流は最小にまで絞ってあるが、それ以外は見慣れた姿の佐久良だ。
由利の意識は一気に浮上した。
「来るか」
「ああ。鹿島さんが、浮見堂でオーオンと交戦した日と同じ反応をした。
愛洲さんに頼んで、ネオ南都全域に邪機襲来の勧告をしてもらっとる。
決戦の地は能登川上流、鎮守の森ぎりぎりのポイント。
これから鍛冶場の人達が砦を急造してくれる」
「よっしゃ」
早速、香炉の煙が燻る中、螺鈿の鏡台に向かって化粧を施していく。
戦化粧として、死化粧になったとしても恥じぬよう自身を飾り立てる。
服も、幾度も共に戦場を駆け抜けたメッシュのハーフトップとレザーのズボンに着替えた。
髪にエクステを結び終えた頃、玄関のブザー音が微かに届いた。
大小の刀とエレクトロウェアを掴んで一階に下りると、予想通り見世の間で佐久良が三善を迎えていた。
「作ってきたで、リミッター」
三善は囲炉裏に小さな箱型の機械を五つ並べる。
三善に促されるまま佐久良が一つのパネルに触れると、無線で同期された五つのリミッターは揃って佐久良の遺伝子と指紋を認証した。
「これで佐久良ちゃん以外の誰にもリミッターは解除出来ひんくなった。
エレクトロウェアで由利を感電させようと思たら、邪機は佐久良ちゃんを手に入れなあかんくなる。
それが起こった時点で敗北は確実……あんたらの命は二人で一つになった」
三善の言葉に、二人は頷く。
すると再びブザーが鳴った。
佐久良が戸を開くと、そこには雪村が数人の仲間を連れて立っていた。
いつもの作務衣ではなくエレクトロウェアを着込んでいる。
「砦の図面を貰いに来たで」
「ありがとうございます」
佐久良は由利が倒れた直後から、設置個所ごとに数パターンの図面を作成していた。
その一つを雪村に託す。
「ほう、RWS(リモートウェポンシステム)を置くんか」
図面を見て雪村は口許を綻ばせた。
銃を架台に取り付けて無線で制御する装置が、砦の設計に組み込まれているのだ。
「はい。資材や兵器は既に愛洲さんとそのご友人が現地へ運んでくれてます」
「佐久良ちゃんってば、浄世講の財力を以てしても四基しか配備出来ひんかったRWSなんて代物を、二基もアルルシティから輸入してんで!」
何故か佐久良よりも三善の方が自慢げに語っている。
アルルシティと言えば、ネオ南都からナノマシンの壁を幾つも超えた先にある都市で、三山メガロポリスの一角を担う。
「しかもモノノベの予算やのうて自腹で!」
続く三善の一言に、由利は裏返った悲鳴を上げてしまった。
「じ、じば……」
「良え友達持ったなあ、由利」
「はい……」
雪村に笑顔を向けるが、強張った返事しか喉から出てこない。
当の佐久良は涼しい表情をしている。
「面倒掛けるけど、よろしくお願いします」
由利は気を取り直すと、佐久良の隣に立って頭を下げた。
「構へん。思いきり戦いなさい」
微笑を浮かべ、それだけを力強く言うと雪村は去って行った。
仲間と共に、能登川上流がある東へ向かう。
浄世講が崩壊し、清けし雪村を返そうと訪ねた時、大切なものを見付けてほしいと由利は雪村から言われた。
当時、真っ先に思い浮かんでいたのは剣術を体系化するという目標だった。
そこにモノノベの仲間達や三善が加わるまで、さほど時間は掛からなかった。
今なら、大切なものと言われれば佐久良と二人で過ごす密やかな時間も含まれてしまう。
求めても手を擦り抜けていくどころか、手を伸ばすことすら許されない。
やがて、太陽はロトスの向こうへと沈んでいった。
日没と同時に佐久良と由利、夏目、栗栖、相馬はマリシテンで砦まで来ていた。
由利は佐久良の後ろに乗って来たので、四台のマリシテンが首を揃えている。
いつもの戦闘服とガスマスク、清けし雪村とハネカヅラ、それに加えてリミッターという出で立ちで由利は砦を見上げた。
汚染され打ち捨てられた耕作地が広がる荒れ野に、鎮守の森と対面する形で砦が建っている。
コンクリートのブロックを材木と土で塗り固めた八メートルにも及ぶ基壇の上に胸壁を取り付けた矢倉となる出丸、それより幾らか大きい基壇の上に同素材の覆いを被せた本丸、双方を繋ぐトンネル状の通路。
八メートルは、ロボットもエレクトロウェアで強化された人間も一息で飛び乗ることが出来ない絶妙な高さだ。
出丸を中心に、周囲の地面にも空中にも縦横無尽に電気柵や有刺鉄線が張り巡らされている。
「これが最強のモノノベ城って訳やな!」
変な命名をしながら、栗栖は真っ先にダート道と出丸を結ぶスロープを渡って行く。
「お二人のことは僕達が絶対守りますから、安心してください」
ぐっと拳を握り締めて言う相馬の肩に、由利は手を置く。
「頼りにしとる。でも無茶はすんなよ。
俺かて、相馬を絶対に無事で彼女ん元に帰らすからな」
力強く言い切る由利を見て、さすが俺が惚れた相手だ、と佐久良は勝手に嬉しくなる。
感慨に耽って深く息を吐いた佐久良を、夏目は不思議そうに見る。
そうして皆出丸へと移った。
スロープを折り畳んで隠し、狭間の空いた胸壁の側に立つと、鎮守の森の方を監視する。
十数分経った頃、森が揺れ、ロボットの軍勢が現れた。
小型から大型まであらゆるロボットをオーオンが一手に操っており、鈍色に輝く波が砦へと寄せてくる。
「配下のロボット共を壊滅させ、オーオン自ら出撃せなあかん状況まで追い込むのが目標や。
やるぞ!」
佐久良が号令を掛け、五人が同時にレーザー銃を構える。
相馬はいつも愛用している笠塔婆。
栗栖は重い代わりにカートリッジを交換する回数が少なくて済む『シチA3』を、残る三人はオーソドックスで扱いやすいが他の二丁に比べると長距離狙撃が不得手な『ジャンジャン火』を用意していた。
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