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六十八話 藤花
マリシテンのヘッドライトだけを光源に、鬱蒼としたドライブウェイを登って行く。
無心で機体を駆る佐久良の耳に、やや後ろを走る相馬から無線連絡が入った。
「佐久良さんって、やっぱり由利さんのこと好きですよね」
ふざけて訊いてきた訳ではないということは、声色で分かった。
夏目と栗栖も口を挟むことなく佐久良の返答を待っている。
「何でそう考えた?」
無感動を装うのは慣れている。
佐久良は淡々と訊き返すが、相馬の確信めいた語調は弱まらない。
「久遠と話してはる時の佐久良さん、いつもに比べて決断が遅かったから……何となくそう思っただけです。
間違ってたらすみませんけど。
でも、もし僕の推察が当たってたら、好きやって由利さんに言うてあげてほしいです。
由利さんも佐久良さんのこと好きやと思うし」
「仮に俺が由利を好きやったとして、本心を伝えることに得があるか?
恋とか番とか、強さを求める由利にとっては邪魔なだけや」
「それでも、です!」
相馬が子どもっぽく喚くのに、佐久良は黙り込む。
暫くして佐久良の口から出てきたのは、教えを請うて縋るような声だった。
「俺は、何かあれば由利を殺さなあかん。
約束したんや、由利にも、ネオ南都にも。
やのに一緒になったら、由利はモノノベのリーダーを誑かしたってまた疑われる。
虐殺の汚名がまた濃くなる。
ただでさえ俺は一ぺん、思い込みで由利を殺そうとした。
由利が俺と恋人になることで得することなんか何もあらへん」
その悲痛さが、殆ど答えのようなものだった。
佐久良の指がボタンから離れた瞬間、すかさず相馬が無線機に向かって叫ぶ。
「由利さんの為を思うのは良いですけど、そしたら佐久良さんの恋には誰が報いてくれるんですか!
恋を損得で計ること自体、僕には理解出来ませんけど……確かに由利さんが佐久良さんを受け入れへん可能性は高いです。
やったら尚更、せめて佐久良さんだけは自分の恋心に優しくしたってください」
相馬に説得され、佐久良は再び沈黙してしまった。
絶望の余り塔から身を投げる愚かな王子様になれ、と理想を語る相馬に頭が追い付けない。
珍しい程に大人しくしていた栗栖が、やっと無線のボタンを押す。
「ちょっとぉ、相馬の予想大当たりしとるやん!
よう佐久良みたいなアルティメット鉄仮面の恋なんか見抜いたな」
アルティメット鉄仮面て、と佐久良は呟いたが、今送信ボタンを押しているのは栗栖なので、その突っ込みが届くことは無い。
「なあ佐久良、大事な仲間が佐久良の為に言うてくれとるんやから、ちゃんと聞いたりよ。
相馬の話も、井斗のお願いも」
楽しく生きろ、さもないとモノノベに未来は無い。
泥濘む赤と黒の中、井斗はそう遺して眠りに就いた。
その遺言を果たす方法は、佐久良には分からなかった――正確には、理解出来そうになる度に目を背けていたのだろう。
由利と共に過ごす時間を楽しいと感じないように、無意識のうちに心を殺していた。
栗栖の言う通り、大事な仲間の助言なのだ。
頑なに拒否せず、違った視点からのアドバイスを受け入れるべきなのかもしれない。
それが仕事のことなら易かったのだが、と悩む佐久良に、夏目が追い討ちを掛ける。
「加賀見に聞いたことがあるんです。
由利も昔は、賢くて面の良い人と『結婚』? するとか何とか宣言しとったんですって」
あの御伽噺に感化されたのだな、と佐久良はすぐにピンときた。
幼い頃の由利が、眉尻と口角を上げて堂々と言い放つのが目に浮かぶようだ。
「やのに由利は、強さに執着した時にそういうのは封印してしもた。
立派なことかもしれんけど、それで良かったんやろかって私は時々悩むんです。
一度は無邪気に語っとった夢を、沢山の悲しい出来事で押し流されて、そのまま忘れてまうなんて」
佐久良は息を呑む。
愚かな王子様で居られなくなってしまったのは、由利も同じだったのだ。
「佐久良には、悲しい過去とか不安な未来よりも今をちゃんと生きてほしい。
ついでに、立ち止まっても良いって、色んな夢を持つことは悪いことやないって、あの子に思い出させてやってくれませんか。
貴方が行動で示してくれたら、あの堅物にも届くかもしれんから」
浄世講に両親を殺され、怒りのままに由利を殺そうとした。
由利に誘われたから、死ぬことを止めてモノノベのリーダーになった。
リーダーの責任を果たす為に、由利を殺すことを人々に誓った。
オーオンを万が一にも侵攻させない為に、一時間経てばオーオンを由利ごとレールガンで撃ち殺して良いと久遠に許した。
プログラミングの言いなりになるロボットのようにして生きるうちに、由利に愛を囁くにはあまりにも複雑な立場に置かれていた。
そんな自分がやっと自力で導き出せた想いが、由利への恋慕なのだ。
仲間に後押しされ、押し殺していた感情が湧き上がる――例えモノノベのリーダーに相応しくない愚かな行いであっても、それを由利に伝えたい。
「分かった。由利に本心を伝える」
佐久良が三人に誓ったのと、鶯山の山頂に着くのは同時だった。
ヘッドライトが照らすのは、降り注ぐように咲き誇る一面の藤。
この奥にオーオンと由利は居る。
藤のトンネルを潜って行くと、急に視界が開けた。
ここは駐車場だった所で、地面がコンクリートに覆われていたため藤の繁茂が比較的抑えられている。
藤色が途切れた代わりに眼前を覆い尽くしたのはロボット達の鈍色だった。
行く手を阻むように一斉に襲い掛かって来るが、すぐにその動きがぴたりと止まった。
黄金の光――夏目のグレアが、大量のロボットを静止させる。
「佐久良は由利の所へ!」
待ち構えていたロボットは、先程の戦闘で討ち漏らした残党を全て掻き集めたであろう程の大軍だ。
こちらに地の利がある訳でもない。
三人がここで大軍を足止めし、守りの手薄なオーオン本体を佐久良が叩くしかないだろう。
夏目が促す間にも、栗栖と相馬は得物を振り回してロボットの通信機を次々に砕いていく。
「分かった」
一言応じると、佐久良は一人で走り出した。
夏目のグレアの持続時間が切れた瞬間、背後で響いていた破壊音は激しい剣戟に変わる。
花のトンネルを辿って行くと、その先にもう一箇所開けた空間が現れた。
古地図によると、ここは展望台だった筈だ。
展望台と言っても何か施設がある訳ではなく、小高い丘を柵で囲んだだけの代物。
ここの藤は駐車場のそれとは異なり、作為的に曲げられてドーム状にされているようだ。
花の壁に沿ってずらりと整列しているのは量産型達だ。
そして奥にはマルセルが居る。
マルセルは手強いが、それ以外は予想通り手薄な布陣だ。
肝心の由利とオーオンが見えず、マルセルの向こうに居るのではないかと睨んだ佐久良の正面に、音も無く男が現れた。
オーオンが投影したホログラムだろうとすぐに看破したので、男の出現自体には驚かなかった。
しかしホログラムのモデリングには少々面食らう。
ガスマスクで鼻と口が隠れていても十分に判別出来るほど精巧に、そのアバターは佐久良を模していたのだ。
服は適当なメカスーツの上に加賀見の打掛を流用してきて纏わせ、そこに量産型の設計図を利用してモデリングしたらしき当世具足の袖を括り付けたものだ。
打掛と干渉しないように、佐久良の特徴である長い黒髪は不自然な扇形に広がっている。
それだけでも、加賀見を模したアバターより粗雑な急拵えのモデルであることが分かる。
「何のつもりや」
佐久良がガゴゼを構えると、ホログラムは目を細めて笑った。
「もう『お姉ちゃん』の言うことを素直に聞いてくれる年頃ではなくなったようだからな。
番であるお前の姿を借りたんだ」
何故オーオンが、二人が番だと知っているのか――その解を悟った佐久良は、真っ直ぐに駆け出した。
マルセルが触手や前肢を振り下ろしてくるが、佐久良は弱体化した身体でそれをどうにか躱した。
重要なのはマルセルよりも、その背後に隠れていたものだ。
「由利!」
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