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六十九話 孵化する怪物
藤のドームの最奥には鉄製のアーチがあり、その頂点にオーオンが居る。
アーチから供給される電力がオーオンの周囲に幾重もの電子バリアを張っており、容易には破壊出来ない。
そしてアーチの真下に、鉄柱に括り付けられている由利の姿があった。
由利の頭部とオーオンは、アーチに支えられた大量のインターフェースワイヤーで繋がっている。
今まさにオーオンは由利の記憶を脳細胞から吸収しているのだ。
由利に手を伸ばすと、これまた幾重ものバリアが佐久良を阻む。
EMP装置が届く範囲まで近付くことも出来ない。
意地でもバリアを壊してやろうと、靴底を押し付けて重力装置をフル稼働させつつ速疾を叩き付け、やっとバリアが軋みを上げた時に背後からマルセルが襲ってきた。
「ダウンロードが終わる頃には、膨大な情報をやり取りしたワイヤーの熱で脳を焼き切られてデータ本体は死ぬ。
俺を邪魔する無粋な奴は消える、俺が最強だ!」
久遠に平蜘蛛を向けられていることを知っているのか否かは分からないが、オーオンは余裕たっぷりに高笑いする。
佐久良がオーオンと由利から少し離れると、マルセルは彼らの側に鎮座した。
佐久良など追撃する価値も無い、近付いて来れば蹴散らせば良いだけ、とでも言わんばかりの態度だ。
「ダウンロード、三十パーセント完了。
そろそろ試してみるか、取得したデータの強さを」
オーオンが言うと同時に、量産型達の喉輪の下にある通信機が一斉に点灯した。
屑鉄の刀を握りしめた伽藍堂の当世具足が動き出し、佐久良を取り囲む。
通常であれば敵にもならないようなロボットだが、今、奴らには由利の記憶や経験、判断能力や戦法などが流し込まれている。
剣の実力は佐久良よりも由利の方が上。
この状況が意味するものに、佐久良は冷や汗を流した。
由利に蓄積された、最も効果的な筋肉の使い方をトレースした動きで、量産型達は次々に挑み掛かってくる。
ガゴゼで受け止めた屑鉄の太刀筋は、かつてなく重々しかった。
これがもし屑鉄ではなく刀匠が打った名刀ならば、ドロップで弱りきりエレクトロウェアの恩恵を十分に受けられていない佐久良の腕は、あっさりと圧し返されていたかもしれない。
辛うじて猛攻を防ぎきり、反撃を繰り出せてもいるが、通信機を壊す隙を見付けられないまま数分が過ぎる。
正面きって斬り掛かってきた量産型をガゴゼで迎え撃つが、斬り結ぶと同時に佐久良の剣筋は屑鉄の刃の上を滑らされ、敵から逸れてしまう。
その動きの既視感に、佐久良の心臓は早鐘を打った。
これは、初めてオーオンと交戦した日の昼頃に由利が道場で実践して見せたカウンター技そのものだ。
由利が懸命に考え出した、彼の夢の一片。
瞬間、佐久良の目の前が白く爆ぜた。
佐久良の肌を、白い光の線が覆い尽くす。
屑鉄の切っ先がガゴゼを握る手をエレクトロウェアごと貫く前に、佐久良は地を蹴った。
前方に宙返りして敵を飛び越える佐久良に、下を向いていた屑鉄の刀は追い付けない。
量産型が振り向くより速く佐久良はその胴体を両断し、藻掻く上半身を取り押さえると、ガゴゼの柄で通信機を突き、粉々に砕いた。
「暴走、か……なるほど」
オーオンの冷ややかな呟きと共に、四体もの敵が佐久良を取り囲んだ。
暴走状態に陥り理性を失っていても、目の前で起こっていることには驚愕させられる。
量産型達が握っている刀の刀身が見えないのだ。
辺り一面が藤の花で囲まれている環境を利用し、刃に反射する景色を背後の風景に溶け込ませた簡易的なステルス――いかにも由利が考えそうなことだ。
発想はあっても人間では実現が難しかったその離れ業を、敵の視線に対して刀身が最も景色を映し出す角度を瞬時に割り出す邪機の計算能力が叶えてしまった。
背後は元より、飛び掛かって来る敵に上方まで塞がれてしまい逃げ場は無い。
佐久良はバリアを纏うと正面の敵に体当たりし、包囲からは脱出する。
しかし不可視の刀を振るう量産型達は食い下がってきた。
バリアに閉じ籠っているだけでは、オーオンがダウンロードを完了する時も、久遠と約束した一時間後もすぐに来てしまう。
ガゴゼは右手だけで握り締め、空いた左手に速疾を持つと敵の群れへと突っ込んで行った。
暴走に助けられて数体の敵を破壊したが、やはりステルス刀が相手では間合いが狂う。
防刃の服が擦り切れ、刃で突かれたエレクトロウェアが損傷し機能の半分近くが停止してしまったところで、暴走状態は解けた。
意識が戻ってくると共に、激戦の負荷が弱体化した身体を一気に圧し潰す。
よろめいた佐久良を四方から量産型が斬り付け、とうとうエレクトロウェアの電流は全停止した。
EMP装置を作動させ、間近に居た機体の動きを少し止めることは出来たが、そんなものは一時凌ぎに過ぎない。
機械の守りを失った肉体は、殺戮を楽しむ邪機の恰好の餌食となる。
咄嗟に身体を捻って致命傷は避けたものの、全身に刀傷を刻まれ、季節外れの桜花のように血飛沫を舞わせながら佐久良は倒れ伏す。
血と土に塗れ、更には倒れた拍子にテールクリップが壊れたせいで纏め髪が解け、平生の麗しさは見る影も無い。
辛うじて武器を握ったままの両手も、力が全く籠っていない。
「由利……」
呻きながら佐久良はグレアを放つ。
量産型は勿論、オーオンやマルセル、由利をも包み込む広範囲の光は一瞬だけそれらの通信を狂わせたものの、あまりに弱々しい。
量産型達はグレアの中をすたすたと歩いて来て、佐久良の側に立つ。
「勝手なこと言わしてくれ……好きや、由利……」
衣擦れよりもか細い声で佐久良が呟くと同時に、桜色の光は消え失せた。
告白が由利の耳に届くことは無かったが、量産型に搭載されたマイクはそれを拾っていたようで、オーオンは嗤いだす。
佐久良に似せたアバターも腹を抱えて、顔を歪ませた。
「訳ありでちょっと番になったからって盛ってんじゃねえよ、ダセえ猿!
このデータは、俺を最強へと押し上げる為の大事な材料。
『愛』さえ理解出来ない手前みたいなジャンクファイルの玩具には勿体無い!
バイナリの世界で俺と交わることこそ、こいつの生まれた意味だ!」
俺はもうロボットじゃない、動物的な本能のせいではなく心から由利が好きだ。
そう言い返す体力も佐久良には残っていない。
「滅びよ。肉の檻に囚われ真理を妨げる愚かなヤルダバオート!」
オーオンが叫ぶと共に、佐久良の真横で量産型が刀を振り上げる。
しかしいつまで経っても痛みが襲ってくることはなかった。
ゆっくりと開かれた涅色の瞳が、邪機のコアや通信機よりも遥かに燦然と弾ける輝きに染まる。
辺り一面を覆い尽くす銀色の光。
全身に力が漲るのを感じ、佐久良は立ち上がる。
時が止まったかのように静止するロボット達を避けて進み出ると、オッドアイの双眸と目が合う。
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