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七十一話 両想いの電気武者
「そうか、荷方久遠が……」
マルセルの死骸を切り分けながら由利は久遠のことを伝え聞いた。
倒した敵機が多すぎて全ては持って帰れないが、せめてオーオンとマルセルは回収しておかなくては、残骸を他のAIに研究されオーオンの再来だなんてことになったら目も当てられない。
ただ、仮にそうなったとしても想いが通じた番となった佐久良と由利の前には無力だ、という自信も二人にはある。
「小路がネオ南都に残した悪い影響って、ほんまに大きいですね」
死骸を箱に詰めながら相馬が言う。
「Domはただ狂って本能に振り回されとっただけやない、暴走にはちゃんと理由があったって判明したのは、オーオンと戦った甲斐のある収穫やった。
分かれば防止も出来る、真っ当な理由や。
これを公表したら少しは新人類への風当たりもましになる気がする」
由利の言葉に、夏目達は驚く。
「分かったんですか、暴走の条件」
「何? 何? 教えてー」
「後で! 取りあえず下山するで」
ガスマスクを付け直すと、由利は死骸で一杯の箱を抱えて立ち上がった。
その耳が仄かに紅潮しているのを、佐久良はこっそり眺めていた。
五人はそれぞれ愛機に跨りドライブウェイを下って行く。
由利のマリシテンは詰所で留守番なので、由利は佐久良の後ろだ。
血と泥が顔に付くのも構わず、由利は砦に向かう時よりもしっかりと目の前の背中にしがみつく。
ふいに由利は手を伸ばし、佐久良の無線機を操作する。
秘話機能を使って話そうとしているのだろうと、佐久良はすぐに察した。
「俺が何の役にも立てへん、足引っ張るだけやった時にも嫌わんで居ってくれたんやな」
風切り音と唸るモーターが、滲む照れくささを少し隠してくれる。
堅苦しい言葉ながらも本人なりに精一杯の気力を尽くして愛を確認する由利に、佐久良は堂々と答えた。
「当たり前や。
俺が好きになったのは、有能な部下の肩書やのうて由利や」
「そ、そうか……」
由利の声は面白い程尻窄みになっていた。
「由利こそ……俺を嫌いになってもしゃあなかったのに。
俺は餓鬼の頃、本気で由利を殺そうとした」
佐久良が言うと、先程とは打って変わって明瞭な返事が返ってきた。
「間違えそうになっても自分の力で考え直せるのは立派や」
「……ありがとう。由利を信じるで」
「おう」
標高が低くなってくると、木々の隙間にネオ南都の灯りやロトスの威容、吸い込まれそうな夜空とそこに散らばる二、三粒の星がちらつくようになる。
あまりにも単純だったドロップの原因と治し方には、佐久良も我ながら呆れられてしまう。
しかしその単純なことが出来ないくらいネオ南都の歴史と二人の心は歪になっていた。
それを今、やっと打ち破れたのかもしれない。
あの星空こそが何よりも美しいものだと信じ込んで命を絶とうとしていた五年前の自分に教えるように、佐久良は呟く。
「星より、由利の方が綺麗や」
巨像遺跡に戻ると、戦いを見届けていた人々が待っていた。
三善は大きな基板と、設計図らしき紙を腕に抱えていた。
いずれも平蜘蛛のものだろう。
池には、久遠が持って来たというバッテリーが真っ二つにされて浮いている。
由利達はすぐに、横たわる久遠の遺体を見付けた。
主導者の久遠を喪って浄世講再興を諦めた取り巻きは、平蜘蛛の無力化に同意したのだ。
基板と設計図さえ回収しておけば、砲身の解体は後でも良い。
「詰所に戻ろう」
久遠に関して、由利達が口出しすることはもう無い。
三善と愛洲、雪村もそれぞれバイクに跨ると、モノノベに続いて詰所へ戻って行った。
詰所に戻ったメンバーは、二階の仮眠室に辿り着くなり畳に倒れ込む。
愛洲が電話で医者を呼んでくれている間に、三善と雪村は五人の手当てをした。
由利が目覚めた頃には縫合も輸血も終わって医者が帰った後で、格子窓の外は白んでいた。
「調子は」
傍らに座っていた佐久良が訊ねてくる。
どうやら最後まで眠りこけていたのは由利だったようで、周りでは皆が軽食を摂るなり寛ぐなりしていた。
「ああ、もう平気。世話掛けたな」
「Domが暴走する条件、佐久良から聞いたで」
もそもそと上体を起こす由利の脳を、栗栖の何気ない一言が殴り付けた。
「そ、そうか……」
由利はそれだけ言うと、壁の方に目を逸らした。
暴走の条件、それを知った由利がドロップから回復したという事実。
ごく僅かな情報だけで、二人の気持ちは周囲に筒抜けだ。
取り繕う余地も無い。
開き直ったのか、佐久良は妙に清々しい表情をしている。
「何はともあれ良かった!
オーオン倒して、新人類の謎が一つ解けて、お二人が付き合い始め」
「え!?」
佐久良と由利の疑問符が、相馬の朗らかな声を遮った。
夏目は肩を落として呆れる。
「何で貴方達が驚くんですか」
「いや……両想いやったのは理解したけど、あまりに急展開やから先のことまで頭回ってへんくて……やって、数時間前までオーオン倒したら番は解消せなって考えてたから」
「俺もや。告白しただけで満足して、頭ん中空っぽになってた……」
佐久良が妙にやりきった感を出していたのは、『本心を伝える』という目標を達成したからだったらしい。
由利も、佐久良に好かれているのは嬉しいが、自分からの好意が受け入れられたという実感にはいまいち乏しかった。
「賢くて面の良い人と『てっこん』? したかったんやろ。
チャンスやで、由利」
栗栖に促され、由利は頭を抱える。
貴方のことが好きだと、佐久良と約束出来たなら――友人の枠にはもう収めておけない感情を、この賢く美しい人と正面から分かち合えたならどんなに幸せか。
揺れるオッドアイの前で、佐久良はいきなり頭を下げた。
「由利、決断する前に聞いてほしい。
謝らなあかんことがあるんや」
「お、おう」
全く心当たりが無いが、自分が気付いていないだけで何かされていたのだろうか、と由利は身構える。
「由利にあげた、白い装束あったやろ」
「あの高級そうなやつやな」
「ああ。それ、実は大昔の婚礼衣装……結婚式の時に着る服やねん。
由利の綺麗な姿を目に焼き付けて恋心を忘れる為に、騙し討ちみたいに着せてしもた。
ほんまにごめん」
怒りは全く湧いてこず、それどころか佐久良の健気さに胸が痛む。
憐憫とは少し異なるこの感情はきっと恋故の痛みに違いない。
「あの……あれ、謝るようなことですかね」
「佐久良ちゃんは律儀やから……」
愛洲と三善がひそひそと囁き合った。
「そんなんで幻滅するか!
俺かて謝らなあかんことだらけや!」
後ろ暗い過去に蹴りを付けねばという一心で、由利は佐久良に顔を上げさせると自身の悪行を挙げていく。
「一人で居る時に佐久良の寝間着嗅いだし、それも一回だけやない。
なんならドロップになる前から佐久良と番になる夢を何べんも見て、どんだけ佐久良を妄想のだしにしてしもたか。
すまんかった、佐久良」
「由利……」
自分だけ隠し事をしてまともぶるなんて誇りが許さないという由利の実直さに、佐久良は目を輝かせた。
一瞬、二人だけの世界が仮眠室に生まれかけたが、周囲から漏れる噛み殺しきれない笑いで我に返る。
「重いドロップに陥ったSubが、好きなDomの匂いを鋭く感知出来るようになるって聞いたことがあります。
普通のことやから気に病みなや」
硬直した由利に助け舟を出すつもりで夏目が教えたが、計らずも余計に追い詰めることとなる。
佐久良の着物を嗅いだ一回目は確かにそうだったかもしれない。
しかし二回目はドロップが順調に治りかけていた時のことだったので、説明が付かない。
「うん……せや、な……」
歯切れの悪い由利の返事に、夏目は諸々を察したようで、お手上げのジェスチャーをすると立ち上がった。
「ほな私達は帰るんで、後は二人で解決してください。
余程のことがない限りは明後日から、死骸の仕分けだけでも始業しましょう」
夏目に続いて栗栖と相馬、雪村も愛洲もぞろぞろと詰所を出て行く。
明らかに気遣われていた。
「そろそろ田中家の居候から塔院さん家の御寮人さんにジョブチェンジかな?
今日もここに泊まるやんな、由利」
三善だけは、当人以上に浮かれたことを口走りながら去って行った。
情けないやら期待が膨らむやらで息をするのも精一杯な由利に、佐久良は切り出す。
「いつから俺を好きでいてくれた」
「自覚したのは最近……やねんけどな」
「自覚無いまま好きでいた期間、多分長かったよな。お互いに」
「ああ。分からんくらいゆっくり、いつの間にか好きになっとった」
中庭に朝陽が射し込み、硝子障子が二人に色彩を投げ掛ける。
しかし佐久良は顔に深い影を落とし、緩く頭を振った。
「やけど俺は、由利に卑怯な真似を……」
「卑怯やない。
俺の為に想いを捨てようとしてくれたんやろ?
俺なんか、全部自分の為やぞ」
「由利のやったことは可愛いやんか。
猫みたいで」
真顔で言われて、由利は二の句が告げなくなった。
可愛いだの猫みたいだの、プレイの時に言われたことはあったが、治療の為に愛でる語彙を並び立てているだけかと思っていた。
だがDomの鑑のようなこの美青年は、心の底から由利を可愛いと思っているらしい。
「……けじめは付けた。
やったらもう躊躇はせえへん。
未来の目標も、今したい恋も、両方掴み取ったる」
由利は佐久良の目前に迫ると、勇ましく言い放つ。
「メリットが無かろうがデメリットが有ろうが構へん。佐久良、ずっと番でおって」
鶯山に居た時とは逆で、今度は由利から愛を告げる。
佐久良の表情が仄かに血色を帯びて綻んだ。
「勿論や。
ドロップになんかさせへんし、なったとしても何回でも治さしてほしい。
由利が世界中から狙われたとしても守らしてくれ。
一緒に強くなって、一緒に楽しく生きよう」
「ああ」
跋扈する脅威のせいで、人間に必要な睡眠時間は昔と比べると短くなったらしい。
質にも変化があり、深い眠りに沈む間隔が短くなって夢を見る頻度が増えたという。
しかしこれからは、血塗れの過去に眠りの中で追い縋られることも、淫らな夢に困惑することも無くなるだろうと由利は確信していた。
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