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第2話

 横濱・夜の中華街――の、薄暗い路地裏の一角。獣の様に交尾をするヒトの形を為た獣が二匹。 「ぅ、んっ……そこ、ばっか、……無理ぃっ……」  袖を口に押し付けて、自分の腕に噛み付いて、突かれる度に上がる嬌声を抑え様と為ても、蛇の様にするりと腔内へ滑り込む指先が、舌先を弄び、口蓋を探る様に撫で回し、開いた儘の口からは締まり切らない蛇口の様に唾液がぽたりぽたりと滴り落ちる。  其れは迚も格好悪くてだらしが無くて、だけれど充満する死臭と精液の生臭さが絶妙に合さって。二人の獣みたいな息遣いと肌を打ち付ける音丈が、未だヒトと為て生かされて居る事を知らしめる。  ヒトの血が通って居るのかすら疑わしいドス君も、此の許りは触れ合う肌も、身体の中で感じる硬い感覚も、其れら凡てに灼ける程の熱さを感じて、正に人間の本性剥き出しと謂う感じでだから私は此の瞬間が一番好きだ。 「全く……貴方と謂う人は……っ」  ドス君の舌が、耳の裏の形をなぞって、其れがぞわりと背中に粟立つ様な感覚を与えて来る。  其の手は弱い処を知って居て、感覚が鋭敏に為れば僅かな吐息すら慥かな刺激に為る。 「二度とおイタが出来ない様に、首輪を付けて飼い殺して遣りましょうか……」  言葉は抑揚無く、其の点で云えば感情の動きなんて一切見えないのだけれど、ドス君の場合言葉依りも感情依りも身体の方がずっと正直らしくて。 「っんゃ、ッ……ドスくっ、もっ……!」  落書きだらけの穢い壁面に、同じ位穢い慾の証を放つ。身体の中に熱い、ドス君の怒りが廣がって行って、其の刺激で亦慾が燻りそうだった。  だけれどドス君は容赦が無いから、此方が未だ余韻に浸って居てもお構い無しひ、髪を掴んで壁に顔を押し付けて来る。 「――ほら、選びなさい。此の場で内臓を引き摺り出されてあの豚の様に成るか、一生僕に飼い殺されるか」  肩口に歯が当たって、所有物の証を刻むように容赦無くドス君の歯が皮膚を引き裂き肉に食い込んで行く。 「はあっ……随分熱烈な、っ……プロポオズ」  背中に感じる君の体温が暖かくて、何故か其れが安心出来て、其処迄私に執着為て居るドス君が迚も可愛らしく見えて。  ――だけど、〝僕〟の返事なんて訊かなくても解って居るだろう?  外套を翻せば建造物の谷間に強風紛いの風が吹く。  ドス君は直前迄拘束して居た相手が突然目の前から消えて、壁に両手を着いて壁面への接吻を防ぐと、其の儘ぎょろりと双眸を建造物の屋上へ向ける。  魔人と称されるのがお似合いの其の眼付き、危うく首から肉を引き千切られるかと思う程だった。  横濱の夜空に真白い外套が靡く。私は屋上からドス君を屈み込んで見下ろし乍ら、愛しい其の人の無表情に愉悦を抱く。 「ドス君の檻に閉込められるなんて私は真っ平だね」 「――其の内、自分から其れを乞う様にして遣りますよ」  此れ以上ドス君を揶揄うと本当に命の危険が有るから、小心者の道化師は再び外套を翻して屋上から完全に姿を消す。  ――乞わせてみなよ、愛しい人。

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