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星間歩行 1

 船井明人(ふないあきと)が八年間付き合った彼女に振られた日は、桜の花が散り始めた四月の休日だった。  その夜、自宅のワンルームマンションで、明人は義兄の結(ゆい)とウィスキーの瓶を一本開けていた。 「彼女が俺には小説の才能がないって言うんだよ。人に対して興味がないからって。今まで未来の小説家って持ち上げてくれてたのは何だったんだよ……」  舌がもつれる。アルコールが身体に回り、吐き気が込み上げてくる。 「我に返った女は冷たいよ。俺だって絵ばかり描いて定職がないからっていつも振られるし」  結は長めの茶髪をうるさげに掻き上げて、ウィスキーの水割りの氷を鳴らしていた。  白くきゃしゃな身体つきの結は、誘蛾灯のように不安定な男女を引き寄せていた。猫のように切れ上がった二重の目と、通った鼻筋、ほんのりと赤い唇。身長が百六十五センチの結は、子供のころからずっと明人の弟と間違えられていた。昔から明人のほうが背が高く、現在は二十センチの差ができている。結は二歳年上なので今年で二十五歳だが、いまだに学生気分が抜けないのだろう。 「俺が明人と付き合おうかな。優しいし、浮気しないし、かっこいい」 「そうしようか」  冗談にかまけて、結は自分を励ましているようだった。 「俺ならぜったいに明人を応援するのに」 「だったら俺も兄貴が絵を描くのを応援するよ」 「明人は今だって協力してくれてるじゃないか」  結は公募展の油絵のモデルとしてモデル料を払う必要のない明人を選び、自分の姿をギリシャ彫刻のように描く。しかし自分はもっと黒目がちで顔の細い、身体が大きいだけの地味な男だ。 「俺が明人を応援するから、明人は俺といっしょにいて」  ぐずぐずと結が泣き始める。猫のように切れ上がった丸い目が赤い。兄もずいぶん酔っているようだ。 「ずっといっしょにいて」 「わかったから兄貴、もう寝よう。飲み過ぎだよ」  明人はシングルベッドの横に布団を敷くと、しゃくりあげている結の手からグラスを取って寝かせた。結が明人の腕を離さない。結は人恋しいと、誰にでもすがりつく癖がある。明人は結のとなりへ身体を横たえた。子供のような体温の高さだ。  結の熱に誘われるように、明人も眠りの淵に引きずり込まれていた。

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