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星間歩行 2

 股間にねっとりと熱が絡む感触で目が覚めた。手を伸ばす。やわらかい髪が指に触れる。  髪が指から抜けた。股間の先が冷たくなって、明人はその異常さに目を見張った。 「何……」  引きつった結の顔が、自分の剥き出しの股間の上にある。結は大きく目を見開いて、唾液で塗れた唇を強ばらせた。 「翔(しよう)磨(ま)と、間違えた……」  背中がゾッとそそけ立つ。結は明人にフェラチオをしていたのだ。酔っ払って、結の昔の恋人と間違えて。 「しょ、翔磨さんとは、別れたんじゃなかったのかよ!」 「さ、最近また、付き合い始めたんだ」 「く、口すすいでこいっ」  結はおぼつかない足取りで立ち上がると、ユニットバスへ歩いていった。水が流れる音が続く。青い顔で出てきた結と入れ替わりでユニットバスに入ると、明人はパジャマを脱いで股間に熱いシャワーを浴びせた。泡を立てて萎えた股間をゴシゴシ洗う。 「明人、ごめんね……タオル持ってきた」  扉の向こうから結の声がする。 「入り口にかけてくれ」  頭がクラクラして、異常に喉が渇く。結に強姦されたような気持ち悪さが抜けない。  バイセクシュアルの兄との同居はやめたほうがいいのだろうかと思いながら、タオルで身体を拭いた。ふたりともウィスキーを飲み過ぎたのだ。普段の義兄だったら、こんなことはぜったいにしない。  裸のままユニットバスを出る。脅えた表情の結が座椅子に正座していた。 「間違えて、ごめんなさい……」 「災難だったな、お互いに」  部屋着のTシャツと綿のパンツを穿きながら、結に手を上げる。義兄におかしなことをされたショックで彼女に振られた心の痛みを忘れていた。最悪な休日だ、と宙を仰ぎながら、深いため息をつく。  結が布団に横たわった後も、明人は寝る気になれずにスマートフォンでネットサーフィンをした。気が散ってニュースの文面がなかなか頭に入らない。  酔い潰れた結に目をやる。  結と初めて会ったのは結が小学校四年生、明人が二年生のときだった。明人の父と結の母が再婚したのだ。結は四歳のときに両親が離婚し、明人は二歳で母親を亡くしていた。  初めて結を見た印象は「女の子だったらかわいいのに」だった。しかし、結は男で、きゃしゃな身体には自分と同じ性器がついていた。子供のころの自分が風呂場でがっかりした記憶を、苦笑しながら思い出す。  義兄は絵ばかり描いている子供だった。学校や自治体の絵画の賞を何度も取り、周囲から画家になることを嘱望されていた。  結は難関の美術大学の油絵科にストレートで合格した。大学三年生で美術協会の公募展である飛勇展に初入選すると、自活することを条件に画家としての活動を許された。今年で三年目になるが、絵は売れていない。昼間に絵を描いている結は、ホテルのナイトフロントの仕事をしている。  結と同じように小説ばかり書いていた明人は、結のようには偏食も夜更かしも許されなかった。幼いころは、兄だけが好き勝手にしていて不公平だと思っていた。  明人は高校時代から小説家を目指していた。私立大学の文学部に合格してから、文芸誌に小説を投稿していた。学生作家を夢見て就職活動を失敗し、現在は腰かけのつもりでサプリメント会社の営業職に就いている。  結が布団で寝返りを打つ。寝顔は子供のようにあどけない。  結は性別を問わず、告白されたすべての人間と付き合ってしまう。  ――自分みたいな人間を好きだと言ってくれるから。  結はそう言うのだが、結局いつも相手から振られて関係が終わってしまう。  恋人としての結は、何かしら欠陥があるのだろう。  ふつうに付き合っているぶんにはいい兄だ。小説家を目指している自分と、画家を目指している結は、互いに自分の世界があるので邪魔にならない。明人にとっては楽な相手だった。  そんな結にもひとつ欠点があるが、今はどうしようもないだろう。明人はため息をつくと、スマートフォンを置いてベッドに潜り込んだ。

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