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星間歩行 14
次の日曜日の午後に、明人は結のアトリエを訪れた。道端の花壇にはやわらかな青のネモフィラが咲いていたが、明人の気持ちは重く沈んだままだった。
結は淡々としていた。自分への好意など微塵も感じられなかった。翔磨から明人の本心を聞いているのだろう。
結の一挙一動に不信感を持つ自分が過剰反応ぎみだと思う。
結のアトリエには小さな絵が増えていた。青地に濃い朱色のアマリリス。絵葉書のような外国の風景。
「売り絵を描いているんだ」
明人の視線に気づいたのか、結が苦笑する。
「好きな絵ばかり描いていては、暮らしていけないから」
明人は服を脱ぎながら、結の言うとおりなのだろうと思っていた。が、それらの絵は印象派の後追いで、明人が見ても精彩を欠くものだった。
やはり結には宇宙の絵が合っている。花の絵の横に立てかけられた星雲の絵を眺める。黒地にオパールのような青と緑とピンクに輝く星雲の群れ。筆触分割で原色の点を打たれた絵画は、鮮やかな星の輝きを放っている。
結の絵は暗闇のなかで発光するような明るさを持っていた。見る人に力を与える絵だ。絵に生来の結の本質が表れているのだろう。
トガをまとって、結の絵のとおりにポーズを取る。
結は集中して絵筆を走らせ続けた。彼の態度はふだんとすこしも変わらない。明人は気乗りしなかった自分をすこし後悔した。
アラームが鳴って、休憩の時間が来た。明人が固まった身体をほぐしていると、結はキッチンでコーヒーを淹れてきた。
「やっぱり兄貴の絵は宇宙のほうがいいな」
結はちらりと絵に視線を投げると、落ち着いた表情でコーヒーを啜った。
「売り絵も宇宙の絵にしたらどうかな」
「宇宙の絵はサイトに出しているんだ。多くの人に見てもらわないと」
結は本格的に絵で自立することを考えているようだった。
「明人の小説の賞金はいくらなんだ?」
「十万円」
「飛勇会の賞金と同じか。俺も頑張らないとな」
結が磨りガラスの窓から射す陽光に目を細める。
「明人が作家になれるよう、俺が稼がないとなあ」
仄かに照らし出された結の無垢な表情を横目で見る。
結は自分の想いを明人に告げようとはしなかった。ただ明人の創作活動を純粋に応援しようとしているのだ。明人の心にはまだ結への警戒心がある。が、明人は結の真心だけは素直に受け入れてもいいように思えた。
コーヒーを飲み終える。結がポーズへ戻るよう指示する。明人がこの部屋にいるあいだ、結は一度も明人と視線を合わせなかった。
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