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星間歩行 39

 明人はゴッホとテオの評伝を読んだ。  テオはパリで画廊に勤めていた。ゴッホは、自分の絵をテオに託すかわりに生活費をテオに頼っていた。  自分たちには彼らに似ている部分もあるが、違う部分もあった。まず明人は小説を書いていて、ゴッホとテオのように表現者とそのパトロンではない。そして結は自分で働いており、生活のすべてを弟に頼っているわけではない。  ゴッホの考え方には思い込みのような部分も多かった。代表作が多く描かれたアルルを憧れの日本の風景と重ねたのは、ゴッホの思い込みの産物だった。  が、画集を見ていると、ゴッホのアルル時代の作品――跳ね橋や、ひまわりなどの明るく透明な色彩が、結の宇宙の絵と似ているような気がした。  ゴッホにとってのアルルが、結の宇宙ではないだろうか。結はすでに自分の本質を掴んでいるのではないだろうか。  明人は、結が愚直に宇宙の絵を描いたほうがいいと思った。  明人は結に電話をかけた。 「ゴッホの本を読んだんだけど、俺らとは似てるようでいて似てないな」 「ゴッホたちはお互いに優しすぎて自滅したんだと思う。でも、あれだけの絵を残しているんだから、自滅なんて言えないけど」 「俺たちも何か協力してできることがあるんじゃないか?絵と小説を同じ題で書くとか」 「明人は今、何を書いているの?」 「書くものが思いつかなくて、ゴッホの本を読んでる」 「明人は自分の周辺をネタにするから、俺を題材にしてみたら? ゴッホをモデルにして、兄にしがみつかれる弟の話とか」  結が自嘲するような笑い声をあげる。 「青春ものか。それもいいかもな」 「俺は冗談で言ったんだけど」 「俺は絵のことがわからないから、兄貴が教えてくれれば、その通りに書くよ。兄貴は俺が書いた小説から絵を描けばいい」 「挿絵は書いたことがない」 「俺が話を作るから、兄貴がそれをイメージした絵を描けばいいんじゃないかな。気分が変わっていいと思う」 「わかった。話ができたら読ませて」  結が乗り気であることに安堵しながら、明人は電話を切った。  ゴッホとテオは弟が一方的に兄を支え、心身を病んで相次いで亡くなった。  自分たちは互いを支えられる。ゴッホとテオとは別の出口がある。

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