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第18話 嘘つき……
久しぶりに見た蒼介の顔は、以前よりもやつれていた。誰が見ても衰弱していて、正直見るのが辛かった。
顔色が悪く、何日も寝ていないようで隈もできていた。僕は心配になり声を、かけようとする。
「そう」
「嫌いなら、そう言えよ」
「えっ……」
「なんで直接言わないんだよ! 荷物全部持って行って! しかも……連絡も全部無視して!」
連絡を無視? 待って、なんのこと? 連絡なんてあの日から、全くなかったじゃん。透真にも同じこと言われたけど……。
正気じゃなかった時のことは、覚えてないから……定かじゃない。だけど少なくとも、ここ一ヶ月ぐらいは全く音沙汰なかった。
「嘘つき……」
「は?」
「連絡なんかなかったし! 確かに……勝手に、荷物持って行ったことは謝るけど! もう、あの部屋には帰ることはないから」
僕がしっかりと目を見て言うと、僕を掴んでいた腕が震えているのが分かった。すると見たことがないくらいに、怒っていて怖かった。
僕が只々困惑していると、急に掴んでいた腕が強引に引き離された。見てみると、鬼の形相をした花楓さんがいた。
「何してるんですか」
「それはこっちのセリフだよ! 人の婚約者、横から奪っておいて!」
「暴言に関しては、目を瞑る。自分のやったこと、棚に上げて開き直るんじゃない。湊さんがどれだけ、傷ついたか分からないのか」
花楓さんがそう言って凄むと、周りにいた僕を含む全員が息を呑んだのが分かった。怒鳴るのでなく、只々冷酷に冷淡にそう告げていた。
今度は静かに蒼介が泣き始めてしまう。それでも目は完全に、花楓さんを睨んで敵視していた。
「お前に何が、分かんだよ! 俺たちの四年……いや、十年間を」
「分かるわけない。分かりたくもない。それにそんなに時間あったのなら、幸せにするタイミングいくらでもあっただろ」
「そ、それは……」
花楓さんの言ったことに、反応して静かに俯いてしまう。蒼介……流石に可哀想だと、思って止めようとした。
すると僕の行動が予測できたのか、腕で静止された。そして今の蒼介には、もっとも残酷な嘘をつく。
「何を勘違いされているのか、分かりませんが。私たちは婚約していますので。これ以上、俺のものに傷をつけるな」
「こ……婚約」
「これ以上、付きまとうのなら。社長の権限で、解雇できますからね」
静かに花楓さんの表情を見ると、今まで以上に冷たい目をして見下ろしていた。柔らかな口調だったが、返ってそれが余計に怖く感じた。
怖かった……只々、今は花楓さんが何を考えているのか分からなかった。すると今度は花楓さんに、腕を掴まれて無理に引っ張られて社長室の方に向かう。
でも僕の腕を掴んでいる力は、優しくて僕は途端に嬉しくなってしまう。思わず見上げてみると、僕に優しく微笑んでくれていた。
「みな……うっ」
すると後ろから蒼介に名前を呼ばれそうになったが、直ぐに倒れる音が聞こえた。僕が慌てて振り向くと、蒼介が倒れているのが目に入る。
一瞬何が起きたのか、僕には理解できないでいた。しかし周りからの悲鳴で、我に返って僕は無我夢中で駆け寄った。
「そう……蒼介! 蒼介! 起きて!」
「湊さん! 落ち着いて、無闇に揺すらない方が。今、救急車呼びますから」
僕は蒼介を抱き上げて、声をかけて揺すっていた。花楓さんに肩を掴まれて、そう言われて我に返る。
花楓さんが急いで、救急車を呼んでくれた。待っている間、僕は完全に放心状態だった。花楓さんは社員の皆さんに、的確な指示を出していた。
直ぐに救急車が来て、蒼介と共に三人で乗り込む。僕は全身が震えて、只々意識のない蒼介を見ていた。
どうしよう……蒼介に何かあったら、僕のせいだ……僕がどっちつかずで、傷つけてしまったからだ。
「湊さん……大丈夫ですから」
病院に到着して、今先生が見てくれている。僕たちは椅子に座って、只々待つことしか出来ない。
その間も泣いてばかりいる僕を、花楓さんは抱きしめてくれていた。背中を摩ってくれて、頭を撫でてくれる。
たったそれだけのことで、この底知れぬ恐怖が和らいでいくような感じがした。すると先生が、出てきて軽く説明してくれた。
「精神的なものと、栄養不足ですね。一晩点滴を打てば、良くなるでしょう」
「ありがとうございます」
僕は何度も何度も頭を下げてお礼を言う。とりあえず、病気とかじゃなくて良かった。そう思ったら急に、足の力がなくなって支えてもらう。
「大丈夫では、ないですね」
「す……みま」
「いいんですよ。半分……私のせいですよね」
そう言って優しく微笑む花楓さんには、怖さなんて微塵も感じなかった。僕は思わず、頬に手を差し伸べていた。
花楓さんと目が合って、吸い込まれるように顔を近づける。すると先生の咳払いが聞こえて、我に返って距離を取る。
「ここは、公共の場なので慎んでください」
「す、すみません」
かなり恥ずかしくなって、目を逸らしてしまう。それから僕たちは、蒼介の寝ている病室に向かう。
恐る恐る入ると、そこには蒼介の両親が既に到着していた。僕はひとまず頭を下げて、気まずいと思った。すると先に口を開いたのは、花楓さんだっ
「初めまして、私は息子さんが勤務している会社の社長の帝花楓です」
「社長さんでしたか。こちらこそ、ありがとうございます」
「湊さんも、お久しぶりだね。最近、会わせてくれなかったから心配してたのよ」
「そ……それは」
真っ直ぐに見て微笑んでくれているご両親に、本当のことを言うのは躊躇いがあった。僕が尻込みをしていると、花楓さんが優しく背中を叩いてくれた。
たったそれだけで、僕の中に勇気が湧いてくる。深呼吸をして、僕はしっかりと伝えることにした。
「蒼介とは、別れました」
「……そう」
僕の言葉に明らかに、落胆しているのが目に入った。罪悪感が生まれて、少し胸が痛くなった。
蒼介と結婚したかった僕にとっては、義理とはいえ本当の両親のように感じていた。そんな二人だったから、かなり胸が痛んでしまう。
そんな時だった。蒼介が目を覚まして、僕を見つめる。思わず目を逸らしてしまうが、開口一番こう言ってきた。
「父さん、母さん……湊と二人で、話をさせて」
「でもっ!」
「母さん……今は、蒼介の思う通りにしてやろう。湊くん、頼んだよ」
「はい……」
ご両親は病室を後にするが、花楓さんは何かを言いたそうだった。でも何も言わずに、僕たちを一瞥して出て行った。
僕は少し気まずかったけど、ベッド脇の椅子に腰かける。蒼介を見ると、少し血色が良くなっているように見えた。
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