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第17話 俺以外に見せるな

 完全に僕を置き去りにして、イチャイチャしている二人が羨ましいと感じていた。それと同時に、暇だなあと思っていた。  会いたいなあ……花楓さん一人で何してるのかな……恋しくなって、寂しくなってしまう。  そんな時だった。スマホが鳴って見てみると、花楓さんからの着信だった。僕は体を密着させている二人を、無視して外に行って電話に出た。 「もしもし……」 「今、大丈夫ですか?」 「は、はい……大丈夫です」 「どうしました? なんか、様子が可笑しいですが」  言えない……声を聞いたら、無性に会いたくなったとか……。好きだって自覚したら、より一層恋しくなってしまう。  電話越しで声を聞くと、いつもと違って聞こえる。会いたい……そう思っていると、突然後ろから抱きしめられた。  顔を見なくても分かる……柑橘系の香りがするから……間違いなく花楓さんだと、思って電話を切る。僕が抱きしめられている腕を掴むと、耳元で囁かれてくすぐったい。 「湊さん……どうされました?」 「あ、その……風に当たりたくなりまして」 「そうなんですね。でも寒くないですか」 「さむ……いです」  そう言って僕は後ろを振り向いて、胸に抱きついた。少し恥ずかしかったけど、この方が匂いがダイレクトに香ってくる。  寒いって言ったけど、寒くない……だって、花楓さんがいてくれるから体が火照っている。  お酒のせいか、急に甘えたくなった。優しく頭を撫でてくれて、その手が心地よく感じてしまう。 「クシュン……」 「あの時も、くしゃみしてましたね」 「あの時?」  僕がくしゃみをすると、あの時って言ったから気になって顔を見上げている。僕を見る目がいつもよりも、優しく輝いているように見えた。  その視線が恥ずかしかったけど、なんとなく逸らしたくない。俺は背伸びをして、首に腕を回わそうとしたけど届かない。  するとフッと笑って少し屈んでくれて、今度こそ首に腕を回した。顔が近くなって、僕は優しく触れるだけのキスをする。 「湊さん……しっかり、掴まっていて下さいね」 「えっ……あっ、えっ」  耳元でそう呟かれて、そのままの体勢のまま抱き抱えられた。駐車場に、停めてあった車の後部座席に乗せられる。  困惑している僕の耳を優しく甘噛みして、首元を舐められた。体がビクンと跳ねて、変な声が出てしまう。  ここ、いつ誰が来るか分からないのに……声が止まらない。恥ずかしいけど、やめてほしくない。  そう思っていると、数人の話し声が聞こえた。ヤバい、嫌だ……聞かれたくない。そう思っていると、いきなりキスをされた。  舌を入れられて無我夢中で、相手のペースに合わせる。やっぱ、このキス気持ちいい……。  そう思っていると、急に優しく引き離される。急になくなっていく体温に、かなり寂しさを感じた。 「少し待っていて下さいね」 「えっ……なん」 「お会計と鞄持ってきます」 「ぼ……僕も」  そう言って腕を掴んだけど、その時の表情は見たこともないくらいに怖かった。そして僕の耳元で、オスの声で呟く。 「そんな可愛い顔、俺以外に見せるな」 「……あっ、はい」 「クスッ……待ってて下さいね」  僕の頭を撫でてくれるその時の、表情はいつもの優しい笑顔だった。そして花楓さんは、お店の方に向かっていく。  僕は大人しく座席に座って、戻って来るのを待つ。そこで急に我に返って、自分がとてつもなく恥ずかしいことをしたのだと実感が湧いてくる。  あーもう、恥ずかしすぎて顔をまともに見れる気がしない。それから何故か上機嫌で、戻ってきた花楓さんの顔を見ることが出来なかった。  僕は間違いなく花楓さんのことが、好きなのだと確信した。とにかくこの気持ちを、伝えるか伝えないかは後にして……。  蒼介に対する気持ちを、しっかりと精算すべきだと思った。そのためにはまず、あの家に置いてある僕の私物を回収しないと……。 「あの、花楓さん……」 「はい? どうしました」 「近いうちに、僕の私物を全部取りに行こうかと……思うのですが」 「分かりました。では、私も一緒に」  ほんと優しいな……僕のことをしっかりと、考えてくれている。ほんとは頼りたいし、もっと甘えたい。  でもいつまでも、そんなこと言ってられないよね。そう思ったから、僕はしっかりと自分の気持ちを言うことにした。 「大丈夫です。しっかりと、けじめをつけたいんです」 「……分かりました。只、何かあったら遠慮なく言って下さいね」 「はい、ありがとうございます……」  数日後。午後出社にしてもらい、僕は家に一人で戻る。心臓がバクバクして、緊張していた。  それでも怖くないのは、花楓さんの存在があるからだ。僕は意を決してドアを開けて、中に入っていく。 「流石……透真、片付てるな」  僕の部屋に行って全部の荷物を、鞄にまとめる。花楓さんに車を貸してもらったから、荷物が多くてもどうにかなりそうだった。  元々そんなに多くないから、一人でも運べそうだ。部屋にあった蒼介から、貰ったプレゼントを前に無性に泣いてしまう。  プレゼントの品々の上に、僕の涙がポタポタと落ちる。全部もらった時は、凄く嬉しくて一生大事にしようと決めたのに…‥。  ――――今は只の思い出にすら、ならないだなんて……。  こんな風に泣いていても、何も始まらない。もう決めたじゃないか、ちゃんと蒼介(過去)にけりをつける。  そして花楓さん(現在)を見るんだ……。そう思って自分の目を擦って、立ち上がってダンボールに入れる。  プレゼントと一緒に、蒼介との楽しい思い出も一緒に……。そして僕は寝室の扉に、手をかけてドアを開ける。 「時間って、凄いや……」  寝室に入ってもあの、嫌な感じがしなくなっていた。それでも僕は長居したくなくて、急いで荷物を纏める。  ベッドの枕のところに、僕が渡した指輪が置いてあった。そこでまた、涙が溢れてくる。  涙を上着で擦って今度こそ、お別れだと思った。好きだった……いつの間にか、過去形になっていた。  鍵をかけて部屋の郵便ポストに、鍵を入れる。すると無機質な音がカランと鳴って、僕の手から鍵がなくなった。  いろんな感情が積もったあの部屋を、僕は今度こそ後にする。もう後ろは振り向かない。 「さよなら……蒼介」  その次の日。仕事を頼まれて他部署に行って、社長室に戻る時に急に腕を掴まれた。柚子の香りがしたから、蒼介なのは間違いない。  どうしよう……ここは会社で、みんながこっちをチラチラ見ている。そう思っていると、無理矢理に肩を掴まれて顔を見せられた。

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