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 ぽつぽつ、ぱらぱら。足元を見たらアスファルトが見る間に水玉模様になっていく。そのあとはもう、すごい勢いで大粒の雨が落ちてきた。 「うわあっ、雨」  朝から雲行きが怪しかったけど、天気予報よりずっと早い降り出しだ。  |真秀《まほろ》は慌てて本の入った袋を胸に抱え走り出す。中身を絶対に濡らしたくなかったので、目についた喫茶店のひさしの下に逃げ込んだ。  間一髪、本も自分も守れたが、傘がないのでは当分ここで立ち往生だ。厚く垂れこめた鈍色の空のせいであたりはどんどん暗くなっていく。風もどんどん激しさを増してきた。まだまだ暑いと思っていた秋空は気まぐれで時折風に乗って当たる雨が冷たくて堪らない。屋内に入りたいなあと、後ろを振り返るとそこには店のショーケースがあった。  いかにも喫茶店らしいパフェや色鮮やかなクリームソーダにナポリタンなんかの食品サンプルが並んでいた。朝昼兼用のつもりでパンを少しだけ食べてきただけだからお腹がクーっとなる。そのままガラスに映った自分の姿を見た。  中学生でも通るかもしれない目ばかり大きな童顔に、影を落とす重たい前髪。長袖シャツにダボっとしたズボン。スニーカーはおしゃれ雑誌を見て親に強請って買ってもらった通学用だが、今日のファッションでイケてる部分といったらこれぐらいだろうか。どう見ても高校生かそれ以下にしか見えない。残念ながら分煙していない喫茶店は未成年は入れないのだ。  店に入るのは諦めて、真秀は空を見上げた。どのくらいで止む雨なのだろう。袋を片手に抱え直したまま、 真秀は雨雲の行方を確認するためスマホの画面をスクロールする。残念ながら当分止みそうもない。土曜日の今日、待ち望んでいた新刊コミックを手にしたら即帰宅して、最新刊に目を通したのちすぐ全巻を読み返すつもりだっだ。ひっそりため息をつくと、斜め後ろでカランっと扉についたベルが鳴った。  音に反応して首を巡らすと、喫茶店のガラス戸を開け外の様子を伺う端正な横顔に見覚えがあり、真秀は「あっ」と大声を上げかけて慌ててそれを飲み込んだ。   (日比野君だ。なんでこんなところに?)  日比野侑斗は今年入学した高校でクラスメイトになった少年だ。長身で何等身だろうと思う程頭が小さく、大人びて完成されたルックスをしている。目鼻立ちも整っていてとにかくビジュがいい。いわゆるクラスのカースト上位で賑やかな集団の中にいても、すんっと澄ましたクールな雰囲気が逆に人目を惹いていた。  だが真秀にとっての彼の印象はそれだけではない。入学式後、教室で間近で彼を見た時、心臓が止まるかと思った。なぜなら彼はまさに今真秀が胸に抱えている漫画の推しキャラ、アイドルの『アキ』とものすごく似ているのだ。  『アキ』は『ボーイズ☆ステージ』というアイドル漫画の中でデビューした七人組の一人で、主人公『ミツキ』とはオーディション番組の時から苦楽を共にしてきた相棒的な存在だ。  歌もダンスも初心者ながら、熱い思いでアイドルを目指すミツキにとって、ライバルでもあり一番の理解者でもある。親元を離れての寮生活の中で主人公がくじけ迷いそうになった時、いつでも傍に居て励まし助けてくれる。だがアキにとってもミツキは同じ夢を目指す同い年の仲間で、二人は固い絆で結ばれているのだ。  その推しであり憧れのキャラと真秀は見た目だけで勝手に日比野を重ねていた。 (やばい、ああ、今日もイケメンがすぎる。なんでこの顔でアイドルデビューとかしてないんだろ。世の中に見つけられてないの奇跡すぎ。特典しおり欲しさにわざわざ遠くの本屋まで来たかいがあったとしかいえん。まさか最新刊買った帰りに日比野君に会うとか、ボク得すぎて死にそう)  少女漫画からそのまま抜け出てきたような、目元が涼し気な綺麗系な顔が似ている。だが骨格はしっかりしていて長身でスタイルがいいところも似ている。日比野の方が真秀より席が前の方だから、ちらちら見てもバレにくいのが嬉しい。だからいつも制服風ステージ衣装を来たアキが近くにいるという妄想でつまらない授業も乗り切っている。  漫画のような偶然の出会いに真秀は瑞々しく柔い頬をぽおっと上気させ、密かに心をときめかせていた。

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