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向かい合わせで鏡を見るように、日比野がハートアタックの振り付けを難なく踊りだす。
推しのパートなだけあって、雄々しくもセクシーな魅力あふれる動きを良く表現しきれている。窓の外は急に晴れ渡って、店の中も明るくなったから、そこに浮かび上がる日比野を見て、ああこいつはやっぱり天性のスターなのではないかと真秀は胸が熱くなってきた。
それは日比野にとっても真秀も同じで、クラスの窓側の席でつまらなそうに欠伸をしている彼の姿からは想像もつかぬほどに生き生きと踊る猫のようにしなやかな肢体から目が離せない。
言葉はなかったお互いを映す目を見つめあって、心が躍った。湧き上がる何かがそこにはあった。
踊り終わった後、今度は真秀の方が日比野に向かってジャンプして飛びついた。
「なんだよ! お前踊れるんじゃん!」
真秀は興奮から無意識に大分砕けた口調になりながらすっぽりと日比野の腕の中に納まった。
「ここだけ、アヤがソロパート踊っているみたいに毎回カメラで抜かれるから覚えたんだ。ダンスは元々興味があって、高校からはダンス部にはいろうかとも思ったんだが……」
「言わなくていいよ。女子の間でお前を巡る争いが勃発したんだろ? 想像つくよ」
日比野は困ったような顔で微笑んだが、そんな表情だってさせたくて仕方ないぐらいに格好がいい。
もしも自分が所属しているサークルに呼んだとしてもそれが起ってしまうかもしれないが、元々少人数のサークルでもあるし、みな彼氏持ちだから大丈夫だろうと高をくくってみた。
「よし、じゃあ真面目に。三週間後の文化祭までにこのダンス仕上げて発表しよう!」
キラキラの光の中、真秀がアイドル顔負けの眩い笑顔を見せたあと、クシュっと真秀はくしゃみをした。
「うわ、身体冷えそう」
日比野は思わず真秀の肩に手をやると、眩惑されたようにそっと身体を引き寄せた。
「なんだろうな、この気持ち。初めて感じる」
そのまま温めるように腕の中に閉じ込めると真秀は「温い」と呟いてほっそりした首筋を見せつけるように倒して、頭を日比野の胸にぐりぐりと擦り付けた。
「みんなに佐倉の事を、見せたいような。自分だけのものにしておきたいような感覚」
「僕は何度か感じたことがある。これが多分キュンってするってやつだと思う。こういうの何度も味わいたいから、少女漫画読んじゃうんだよなあ。アキ様カッコいいし」
そう言って顔を上げてたら、日比野が秀麗な顔をむすっとさせた。
「なんだその顔、そんな顔でもイケメンかよ」
「そのうち佐倉に、推しより俺のがカッコいいって言わせてやる」
そんなヤキモチみたいな台詞を言われたら、特大のきゅうんっをもよおしてしまうに決まっている。
「それはこっちの台詞だよ。日比野君の視線、推しより沢山奪ってやる」
潤んだ目で見上げたら、少しずつ日比野の顔が近づいて来た。土曜の、喫茶店の、雨上がりの、二人っきり。
互いに雰囲気に流されまくり、目を閉じようとしたその時、カランっと扉が鳴った。
「あー。ユウにい、キスしようとしてる~」
額に保冷シートを張った幼児が母に抱っこされたまま二人を指さしてきたから、続いてかかった推しグループの明るいラブソングが流れる中、日比野は慌てて真秀を腕の中に隠して扉に向かって背を向けたのだった。
二週間後、文化祭でハートアタックを完コピした二人の動画が「イケメンすぎる男子高校生コンビ『ハートアタック』踊ってみた」と生徒の一人に拡散されて大評判となり、そこに推しから「いいね」と『楽しく踊る姿がいい』とコメントを貰えることになり、事務所からお声がかかったりとかしたのだが……。
それはまた別のお話。
終
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